【PM-R05-Q1】「鏡の国のアリス」に学ぶ、プロジェクトマネジメント計画のテーラリング

🍀概要

　『鏡の国のアリス』を題材に、登場人物それぞれの常識や時間感覚が異なる中で、プロジェクトマネージャがステークホルダとの信頼形成と伝達手段の見直しを行い、柔軟なマネジメント手法のテーラリングによって仕組みの定着と関係性の再構築を実現した対応を論じます。

🧾問題・設問（PM-R05-Q1）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 令和5年 午後2 問1

📘問題

■タイトル
　プロジェクトマネジメント計画の修整(テーラリング)について
■内容
　システム開発プロジェクトでは，プロジェクトの目標を達成するために，時間，コスト，品質以外に，リスク，スコープ，ステークホルダ，プロジェクトチーム，コミュニケーションなどもプロジェクトマネジメントの対象として重要である。プロジェクトマネジメント計画を作成するに当たっては，これらの対象に関するマネジメントの方法としてマネジメントの役割，責任，組織，プロセスなどを定義する必要がある。
　その際に，マネジメントの方法として定められた標準や過去に経験した事例を参照することは，プロジェクトマネジメント計画を作成する上で，効率が良くまた効果的である。しかし，個々のプロジェクトには，プロジェクトを取り巻く環境，スコープ定義の精度，ステークホルダの関与度や影響度，プロジェクトチームの成熟度やチームメンバーの構成，コミュニケーションの手段や頻度などに関して独自性がある。
　システム開発プロジェクトを適切にマネジメントするためには，参照したマネジメントの方法を，個々のプロジェクトの独自性を考慮して修整し，プロジェクトマネジメント計画を作成することが求められる。
　さらに，修整したマネジメントの方法の実行に際しては，修整の有効性をモニタリングし，その結果を評価して，必要に応じて対応する。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わったシステム開発プロジェクトの目標，その目標を達成するために，時間，コスト，品質以外に重要と考えたプロジェクトマネジメントの対象，及び重要と考えた理由について，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べたプロジェクトマネジメントの対象のうち，マネジメントの方法を修整したものは何か。修整が必要と判断した理由，及び修整した内容について，800字以上1,600字以内で具体的に述べよ。
■設問ウ
　設問イで述べた修整したマネジメントの方法の実行に際して，修整の有効性をどのようにモニタリングしたか。モニタリングの結果とその評価，必要に応じて行った対応について，600字以上1,200字以内で具体的に述べよ。

📚原作あらすじ（鏡の国のアリス〈ルイス・キャロル著〉）

　主人公アリスは、鏡を通って不思議な世界に入り、そこでは言葉の意味が反転したり、出来事の順序が逆になったりする。アリスはチェスの駒として王国を巡り、数々の理不尽な登場人物と関わりながら、ついには女王になる。現実と論理が通じにくい「逆転世界」での成長と知恵を描いた物語。

📝論文

🪄タイトル　「鏡の国のアリス」に学ぶ、曖昧さを越えて──アリスが進めた仕立て直しの仕組みづくり

　本稿は、既存の方法では対応できないプロジェクトの独自性に直面した際、ステークホルダとの対話と納得形成を通じてマネジメント方法を仕立て直し、その効果をモニタリングしながら成果を上げたプロジェクトマネージャの対応について、述べる。

🔍第1章　プロジェクトの目標と重要と考えたマネジメント対象

1-1　プロジェクトの目標と全体概要

　私が任されたのは、白の女王から命じられた「知恵の木の実配達仕組み」の開発であった。この仕組みは、国中の住民が相談ごとを木に話しかけると、その解決策の種が配達され、芽吹くというものである。プロジェクトの目的は、住民の不安を軽減し、王国の幸福度を向上させることにあった。目標KPIとしては、仕組み導入後の相談件数の月10%増加、木の実到着までの時間を平均2日以内に収めることを掲げた。

1-2　時間・コスト・品質以外に重要と考えたマネジメント対象

　本プロジェクトにおいて私が特に重要視したのは、「ステークホルダマネジメント」と「コミュニケーション」である。住民・配達係・森番・白の女王など多様な立場の関係者が存在し、それぞれに期待も懸念も異なっていたため、一律の伝達方法では認識齟齬や反発を招く恐れがあった。

1-3　選定理由とプロジェクトにおけるその重要性

　配達係のトゥイードルダムとトゥイードルディーは、「また気まぐれな命令だ！」と当初から懐疑的であり、森番のチェシャ猫は「仕組みなどより寝ていたい」と取り合わなかった。一方、白の女王は「昨日の午後に来週の朝の進捗を報告するように」と理不尽な命令を出すこともあった。こうした価値観のばらつきを乗り越え、協力体制を築くには、一人ひとりと丁寧に向き合い、双方向の信頼と理解を積み上げるマネジメントが不可欠であった。

🛠️第2章　マネジメント方法の修整（テーラリング）とその理由・内容

2-1　修整対象と判断したマネジメント方法

　私は、過去に参照した「王立仕組み整備標準書」に基づくコミュニケーション計画が、現場と乖離していると判断した。特に週次の対面会議と一斉報告方式は、鏡の国の登場人物たちの特性と噛み合っていなかった。

2-2　修整が必要と判断した背景・理由

　まず、森番や配達係は「同じ場所に同じ時間に集まる」という発想そのものに違和感を示した。猫に至っては「会議というものの輪郭が見えない」と語り、夜行性のフクロウは「昼間の議論は羽が腐る」と不満を口にした。加えて、鏡の国では発言の順序が逆転したり、言葉が物理的に飛んでいったりするため、一方向の通達は意味をなさなかった。
　この世界においては、「ステークホルダマネジメント」と「コミュニケーション」は明確に分けて運用することが現実的でなく、むしろ両者を融合し、その場に応じた柔軟な仕立て直しを行うことがキーポイントであった。ステークホルダごとの価値観や行動様式が極めて異なることから、一律の手段では対応できず、個別に対応を最適化するテーラリングの必要性があった。
　たとえば、トゥイードルダムは「俺たちはおしゃべりが苦手なんだ。だから文字で伝えてくれ」と訴え、一方で森番の猫は「書かれた言葉よりも、声の響きで気持ちを測る」と正反対の主張をした。私は「それぞれの言葉に、それぞれのかたちを用意する」と答え、語録帳と口頭伝達を併存させる構造を考案した。

2-3　修整したマネジメント方法の内容

　私は、まず配達係ごとに「響きのよい語録帳」を配布し、進捗や意見をそこに記録してもらう方式を導入した。女王様との報告には、日記風の逆再生資料を用意し、未来の話から現在に至る構成に変えた。また、住民や動物たちには、「問いかけ型掲示板」として木の枝にリボンを結ぶことで意見を表現できるようにした。従来の週次会議は廃止し、「移動する茶会」と称して、ランダムな時間に森の各地を巡り、状況確認と対話を行う形へと変えた。

🚧第3章　修整の有効性のモニタリングと対応

3-1　モニタリングの方法と実施内容

　修整したマネジメント方法が機能しているかどうかを確認するため、私は「信頼の芽吹き観察日記」を用いて、週単位でリボン投稿数と語録帳の記載率を集計した。また、移動する茶会では、参加者の反応を逐一記録し、笑顔の回数や沈黙の時間も定量的に捉えるよう努めた。

3-2　モニタリング結果とその評価

　導入初期は語録帳の記載が3割未満と低調だったが、猫に「君の文字は気まぐれで素敵だ」と声をかけた翌週には7割に到達した。リボン投稿数も週10件から45件へと増加し、「あの子が書いてるなら私も」という連鎖が広がった。また、茶会の場では、かつて会議中に寝ていた配達係が、「昨日の茶会、よかったよ」と言い出し、他のメンバーも笑顔を見せる場面が増えた。
　このような変化は、ステークホルダの性質に応じた個別対応が功を奏した証である。女王様には詩的な報告で満足を得て、猫とは囁き声のやり取りを繰り返すことで信頼を築いた。「信頼は伝達のかたちそのものだ」という感覚を私はこの世界で学んだ。

3-3　モニタリング結果に基づく対応と改善策

　茶会に関しては、回数を週2から3に増やす代わりに1回あたりの滞在時間を短縮し、疲労を軽減した。また、リボン投稿の集計結果を定期的に公表し、住民の意見が形になっている実感を与えるようにした。加えて、語録帳の内容を元に、猫がまとめた「詩としての報告書」を女王様に提出し、独特なリズムで進捗を伝える方式が定着した。
　このように、理不尽さや曖昧さが交錯する鏡の国においても、各ステークホルダの個性を活かした仕立て直しを通じて、プロジェクトマネジメントの有効性を高め、仕組みの定着と住民の満足度向上を実現できた。
　そして私は、この国の不思議な光景のなかで、学びの本質に気づいた。言葉は伝えるものではなく、響き合うもの。相手が見ている世界に一歩足を踏み入れ、自分の枠を揺らしながら届く音を変えていく──そんな幻想的な感覚のなかで、私は「管理」ではなく「共鳴」としてのマネジメントのかたちを、そっと胸に刻んだ。
　以上

💡ワンポイント補足

　本論文では、「鏡の国」という論理や時間感覚の通用しない環境を、現実のプロジェクトにおける“多様なステークホルダの価値観の不一致”や“標準手法の非適合性”の象徴として活用しています。既存手法が通用しない状況に対し、PMが「融合的なステークホルダマネジメント＋コミュニケーション設計」に挑む姿勢を、登場人物との対話を通じて再現しています。

🎓講評コメント（AI評価）

　──いやはや、これはじわりと効く一作だ。
この論文、単なるアリスの世界の焼き直しに見えて、その実、「テーラリングとはなにか」という問いに真正面から向き合っている。
　第1章では、“伝統的手法が通用しないほどに多様な価値観”を鏡の国という舞台に巧みに託し、最初から「標準の破綻」を明示している点が巧妙だ。そしてそこに「白の女王」「チェシャ猫」「配達係」といった原作キャラをマトリクス的に配置し、価値観と情報行動のズレを描いている。これは、現実のプロジェクトでも起こる「同じゴールを持っているはずなのに協調できない」状況に見事に重なる。
　第2章の真骨頂は、「ステークホルダマネジメント」と「コミュニケーション」が一体不可分であるという洞察を、あえて分けずに融合させて描いた点だ。語録帳・詩的報告・移動茶会──どれも奇抜に見えて、実は“関与の多様化”という実務的コンセプトが根にある。チェシャ猫の「声の響きで気持ちを測る」、白の女王の「逆順の報告」という会話に対して、PMが「形を変えることで、言葉の重さを揃える」と返す場面、あれはただの対話じゃない。“納得を創るための構造設計”だ。
　第3章では、幻想的な描写の中に「共鳴としてのマネジメント」というPMの気づきが語られる。これは強い。リボンの投稿数が増えた、といった定量面だけでは終わらず、「信頼は伝達のかたちそのものだ」と、言語化しにくい部分に筆が届いている。
　PMの論文としては異色に見えるかもしれないが、これは“童話で語ったリアル”だ。型に頼らず、構造と感情のバランスで攻めきった好例。教材としても、優秀答案としても、堂々たる一本。満点。推奨。