【PM-H24-Q2】「一休さん」に学ぶ、スコープのマネジメント

🍀概要

　『一休さん』を題材に、殿のおふれ掲示制度を刷新する取り組みにおいて、スコープ変更が発生した際に、柔軟な再設計と関係者協議を通じて、品質・納期・予算のバランスを保ちつつプロジェクト目標を達成したプロジェクトマネージャの対応を論じます。

🧾問題・設問（PM-H24-Q2）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 平成24年 午後2 問2

📘問題

■タイトル
　システム開発プロジェクトにおけるスコープのマネジメントについて
■内容
　プロジェクトマネージャ(PM)には，システム開発プロジェクトのスコープとして成果物の範囲と作業の範囲を定義し，これらを適切に管理することで予算，納期，品質に関するプロジェクト目標を達成することが求められる。
　プロジェクトの遂行中には，業務要件やシステム要件の変更などによって成果物の範囲や作業の範囲を変更しなくてはならないことがある。スコープの変更に至った原因とそれによるプロジェクト目標の達成に及ぼす影響としては，例えば，次のようなものがある。
　・事業環境の変化に伴う業務要件の変更による納期の遅延や品質の低下
　・連携対象システムの追加などシステム要件の変更による予算の超過や納期の遅延
　このような場合，PMは，スコープの変更による予算，納期，品質への影響を把握し，プロジェクト目標の達成に及ぼす影響を最小にするための対策などを検討し，プロジェクトの発注者を含む関係者と協議してスコープの変更の要否を決定する。
　スコープの変更を実施する場合には，PMは，プロジェクトの成果物の範囲と作業の範囲を再定義して関係者に周知する。その際，変更を円滑に実施するために，成果物の不整合を防ぐこと，特定の担当者への作業の集中を防ぐことなどについて留意することが重要である。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わったシステム開発プロジェクトにおける，プロジェクトとしての特徴と，プロジェクトの遂行中に発生したプロジェクト目標の達成に影響を及ぼすスコープの変更に至った原因について，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べた原因によってスコープの変更をした場合，プロジェクト目標の達成にどのような影響が出ると考えたか。また，どのような検討をしてスコープの変更の要否を決定したか。協議に関わった関係者とその協議内容を含めて，800字以上1,600字以内で具体的に述べよ。
■設問ウ
　設問イで述べたスコープの変更を円滑に実施するために，どのような点に留意して成果物の範囲と作業の範囲を再定義したか。成果物の範囲と作業の範囲の変更点を含めて，600字以上1,200字以内で具体的に述べよ。

📚原作あらすじ（一休さん〈日本昔話〉）

　一休宗純は、室町時代のとんち和尚として知られる。殿様からの無理難題に対し、言葉の解釈や発想の転換を駆使して、正面からは解決できない矛盾を柔らかく捉え直し、智慧と人心のバランスを取りながら問題を解いていく。「この橋わたるべからず」などの代表話にみられるように、権威と道理のはざまで真理を探る姿が描かれる。

📝論文

🪄タイトル　「一休さん」に学ぶ、殿のおふれに振り回されないための仕組み整備

　本稿は、領内の掲示制度を刷新する仕組みを整える中で、発注者の意向変更によってスコープ変更が発生した際に、予算・納期・品質への影響を最小化し、全体最適を実現したプロジェクトマネージャの対応について述べる。

🔍第1章　スコープ変更に至った背景とプロジェクトの特徴

1-1　プロジェクトの概要と体制

　私は殿の命を受け、掲示板の情報伝達制度を見直すプロジェクトに携わった。対象は領内二十村にわたる公示制度であり、内容変更のたびに侍が紙を張り替える手間が発生していた。情報の鮮度、張替えの人手、掲示位置の不備など、村人たちの生活や納税にも影響する課題があった。そこで、各村に統一規格の案内板を設置し、差し替え可能な掲示札とその運搬体制を整備するという方針が立てられた。

1-2　スコープ変更に至った背景と原因

　設計方針を固め、掲示札の寸法や仕組みも定まりつつあったある日、殿の側近から「村ごとの伝達文を追加したい」との申し出があった。理由は、近年、村ごとの要望を丁寧に拾う政治方針に転じたためであった。これにより、標準札の他に「村別差込文」を用意する必要が生じ、案内板の構造、掲示札の管理、作業量が大きく変わる可能性が出てきた。

1-3　スコープ変更がプロジェクト目標に及ぼすリスク

　この変更は、掲示札の種類が倍増し、しかも村別対応となるため、作業工数と誤配リスクが一気に増すことが想定された。また、紙材や刻字用具の追加手配も必要となり、予算超過の懸念が出た。納期についても、既に彫刻作業に入っている箇所を巻き戻す可能性があり、品質の低下も招く恐れがあった。このままでは、仕組み全体の整合性が失われる危険があると考えた。

🛠️第2章　スコープ変更の検討と関係者との協議

2-1　プロジェクト目標への影響の分析

　まず、標準札と村別札の分類整理を行い、既存設計の変更点を洗い出した。掲示札の分類増加により、情報運搬者の取り違えリスクが増し、掲示板自体も差込構造を変える必要があることが明らかになった。また、木材費や刻字工程の追加で予算は約2割増を見込まざるを得なかった。納期に関しても、一度始めた製作を途中で止める手戻りと、村別文案の収集・翻訳にかかる日数を考慮し、少なくとも二週間の遅延を見込んだ。
　さらに、私は過去の類似案件と比較し、仕様変更が後工程へ波及する構造的リスクの大きさを定量評価した。誤配の発生率は、札種類が3種から6種に増加することで約2倍に増えるとの試算が出たため、全体の影響度を加味した変更対応の緊急性を関係者に説明できる根拠とした。

2-2　スコープ変更の要否に関する検討と判断

　私は、仕組み全体の柔軟性と将来の変更対応力を高める観点から、「標準札」と「村別札」の差込口を分け、追加文は後から差せる構造とすることで、この要求を受け入れる方向で再構成することを提案した。これにより、すぐに文案が用意できない村にも掲示板を先行設置でき、進行と対応を両立できる。また、「村別文なしの初期構成」と「文ありの拡張構成」の二段構えとすることで、リリースを遅らせることなく対応できると考えた。
　また、今後同様の要求が生じた際にも、構造上の柔軟性が備わっていれば、部分的対応や優先順位づけが可能になる。これは「段階導入」「可変設計」という原則の応用であり、現代のプロジェクトでも通用する普遍的な教訓であると確信している。
　そして今振り返れば、この構造変更も、まるで“とんち”のように発想を転換したからこそ乗り越えられたと言える。札の追加を「負担」ではなく「差し替え可能な仕掛け」と見なすことで、むしろ全体の仕組みをしなやかに再設計する契機となった。すなわち、「定義に縛られず、問いを解きほぐせ」と考えることもできるだろう。プロジェクトにおける仕様変更も、問われ方ひとつで意味が変わる。“何を追加するか”だけでなく、“どう捉えれば活かせるか”──それが真の柔軟性であり、変化に強い構造思考の要であると実感した。

2-3　関係者との協議内容と合意形成

　私はこの構成を持って、殿の側近、文書方、刻字職人、配札人夫の代表を集めた検討会を開いた。会議では、殿の側近が「一人でも村人が取り残されてはならぬ」と力説した一方、職人側からは「今から差込部を二層に作るのは無茶だ」と反発も出た。私は「文を刻むのではなく、差し札は筆書きとすることで時間と費用を抑える」など妥協策を提示し、また「後付けの村別札も設計段階で想定済とすれば、品質指摘も回避できる」と説いた。
　さらに、合意形成の場で「一度の判断で全てを決めるのではなく、優先順位を明確にして段階導入する」という意思決定の方法論を共有し、関係者の納得感を高めた。これは現実の複雑な調整局面でも有効であり、プロジェクトの対話文化醸成にもつながる施策である。

🚧第3章　スコープ変更の実施と再定義時の留意点

3-1　成果物の範囲の再定義と整合性の確保

　成果物として、標準掲示板、標準札、村別札用差込口の三要素を正式に定義し直した。特に差込口の位置と札の寸法は、職人との再打合せを通じて精緻化した。また、村別札がなくても掲示板として機能することを前提とした文言調整と、村別札が差されたときの強調表示の方法も文書方と協議して仕様化した。不整合を防ぐため、全体の札仕様書を作り直し、配札順序や運搬方法も再記述した。
　さらに、将来の改修に備えて、図面と寸法は「改修余地を明示した設計書」として格納し、次の改版時に迅速対応できるようにした。過去の反省を踏まえ、「後付けになることを前提に、最初から仕組みに組み込んでおく」という思考法は、現代の要件変動下の設計思想にも通じるものである。

3-2　作業の範囲の再定義と負荷分散への配慮

　村別文案の収集や筆書き作業は、村役人と書道得意な者に分担させ、職人の負荷を軽減した。また、文案到着順に差込札を作成するようWBSを見直し、村ごとの完成時期に応じて作業を分散。初期導入では「標準札のみ掲示で運用開始」、その後「村別札を追って配布する」方式を採用したことで、人員の一極集中を避けた。
　さらに、作業進捗は「札進捗番付」として板に記し、各村が自律的に進捗管理できるようにした。これは現場主導のマネジメント文化を育む効果があり、上意下達でなく共創による変革を促す工夫として、他の仕組みにも応用可能と考える。

3-3　変更内容の周知と管理上の工夫

　変更点は全て絵巻で描いた周知文書としてまとめ、配札者・村役人・監督者に配布した。さらに、進捗確認のための簡易な進捗札を案内板に追加し、各村で「いつ何が届いているか」を自主管理できるようにした。変更に関する管理は、一休札帳という記録帳にまとめ、職人と札配りが常に相互確認できるようにした。
　情報共有に関しても、定時報告の仕組みだけでなく「気付きがあったら即記入する伝言欄」を札帳に加えることで、形式に縛られない実態把握を可能にした。このような柔軟かつ現場志向の記録工夫は、現代におけるチームの心理的安全性にも通じ、変化に強い組織運営の一助となると考える。
　情報というものは、ただの文字列ではなく、その“伝わり方”こそが意味を決める。たとえば、「その掲示、本当に必要な順で書いておるか」と問いかけると道が開けるかもしれない。この案内板も、使い方ひとつで“命令書”にも“対話の入り口”にもなる。まるで“とんち”のように、使い手の視点で意味が変わる設計こそ、私が最後に辿り着いた理想の掲示制度であった。
　このように、当初の設計方針と異なる要求が追加された場面においても、段階導入や柔軟な差込構造、文案収集の工夫を取り入れることで、品質と納期への影響を最小化しつつ、発注者の意図も尊重した仕組み整備を実現できた。
　以上

💡ワンポイント補足

　本論文では「一休さん」の“とんち”を、PMにおける「柔軟な構造変更」「段階導入の設計」「反発と納得を調和させる交渉術」に読み替えている。村別札の後付け設計や標準仕様の拡張性は、まさに「論理で割り切れない現場に智慧を持ち込む」一休像と重なる。とんちではなく構造と段取りでやってのける一休像が好印象。

🎓講評コメント（AI評価）

　──ほぅ、これは“とんちを構造にした”論文じゃな。いや、うまい。
　第1章では「殿の気まぐれ」に象徴される不確かさと、それを制御せざるを得ない一休の立場が見事に整理されている。とくに「村別札」というスコープ拡張の要求が、プロジェクトの構造と作業をどう揺さぶったか、その影響分析に定量の言葉が添えられており、説得力がある。
　第2章では「札の構造を変更する」だけでなく、「差込方式による後付け」「筆書きと刻字の工数調整」など、複数のレイヤーでリスクとコストのバランスを取っているのが見事。さらに、会議の場面で「全てを一度に決めるのではなく、優先順位を設けて段階導入」と言い切るところ、これはプロジェクトファシリテータとしての胆力すら感じる。
　第3章になると、論文は一休その人の思考回路に入り込んでいく。「札進捗番付」「絵巻での周知」「札帳への即記欄」──こうした表現のなかに、「情報管理とは何か」「共創と自主性をどう両立させるか」という深い問いが込められているのだ。
　これは、ただの童話論文ではない。「一休」という題材を借りながら、“とんち”を“構造に変える技術”として見事に昇華している。満点だな。教材にも推薦したい。いや、研修教材にちょうどいい。