【PM-H20-Q2】「羊飼いとオオカミ」に学ぶ、問題解決

🍀概要

　『羊飼いとオオカミ』を題材に、連絡制度の信用が揺らぐ兆候に着目し、個人の誇張や制度的欠陥の背景を掘り下げて信頼を再構築したプロジェクトマネージャの行動を論じます。

🧾問題・設問（PM-H20-Q2）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 平成20年 午後2 問2

📘問題

■タイトル
　情報システム開発における問題解決について
■内容
　プロジェクトマネージャには，プロジェクトの目標を確実に達成するために，問題を早期に把握し，適切に対応することが求められる。問題が悪化し，窮地に追い込まれてから対応するのではなく，問題の兆候を察知して，大きな問題になる前に対処することが肝要である。
　プロジェクトマネージャは，プロジェクト遂行中，現場で起きた問題に直面したり，定期的な報告を処理したりすることで，様々な問題を把握している。中には，問題の兆候を察知したが，当面は状況の推移を見守る場合もある。しかし，兆候への対応が遅れると品質，納期，費用に影響するような大きな問題になる場合もあり，その見極めが重要である。
　例えば，次のように，問題の兆候への対処を誤ると大きな問題になる場合がある。
　・メンバの不平や不満への対処を誤ると，品質や費用に影響を与える。
　・会議への出席率の低さへの対処を誤ると，進捗や費用に影響を与える。
　プロジェクトマネージャは，問題の兆候を察知したときには，まず，兆候の詳細や出現の背景を迅速に調査する。その結果，静観できないと判断した場合，その対応策を検討し，大きな問題にならないように対処することが必要となる。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わった情報システム開発プロジェクトの概要と，プロジェクト遂行中に察知した問題の兆候について，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べた兆候の詳細や出現の背景について何をどのように調査したか。また，兆候を静観した場合に，どのような大きな問題になると想定したか。その根拠及び実施した対応策は何か。それぞれ具体的に述べよ。
■設問ウ
　設問イで述べた活動について，あなたはどのように評価しているか。また，今後どのように改善したいと考えているか。それぞれ簡潔に述べよ。

📚原作あらすじ（羊飼いとオオカミ〈イソップ寓話〉）

　少年羊飼いが「オオカミが来た」と嘘をつき、村人を何度も騙す。最初は信じて駆けつけていた村人たちも、次第に無視するようになる。ある日、本当にオオカミが現れたが、誰も助けに来ず、羊は食い荒らされてしまう。嘘が信頼を失わせるという教訓を含む寓話である。

📝論文

🪄タイトル　「羊飼いとオオカミ」に学ぶ、兆候を信じ、手を打つ勇気

　本稿は、「三ぶた」がいて、兆候を信じ、手を打つ勇気について、述べる。

🔍第1章　プロジェクトの概要と察知した問題の兆候

1-1　プロジェクトの概要と基本情報

　私が仕組みづくりを任されたのは、村人と町の商人をつなぐ定期便の連絡体制を整えることであった。牧場の家畜の出荷情報や、薬草の注文を毎朝伝える仕組みを、村の少年たちが順に担当する形で運用する予定だった。
　この仕組みは、毎朝の報告所への到着と、伝令内容の正確性が命であり、遅れや誤報が村の損害につながる。私は、3名の少年に順番に業務を割り振り、4週間で習熟させる計画を立てた。

1-2　問題の兆候の具体的な内容

　3週目に入ったある日、当番だった少年が「オオカミが現れた」と叫びながら村へ駆け戻った。私は狼煙を上げさせ、皆が武器を持って駆けつけたが、そこにオオカミの姿はなかった。
　このような虚報が2日続いた後、少年に注意を与えたが、3日目にも同様の報告があり、私は”何かがおかしい”と感じた。彼の目は冗談ではなく、どこか怯えていた。

1-3　兆候を見逃さなかった理由と初動の対応

　私は、過去に報告の軽視によって本当の問題を見逃した経験があった。その経験が私に「違和感のある兆候」を見過ごさない警戒心を与えていた。
　「もう一度一緒に現場へ戻ろうか」私は少年に声をかけた。
　彼は黙って頷いた。私はこの時点で、単なる悪戯ではないと判断し、急ぎ再調査に乗り出した。

🛠️第2章　兆候の調査・分析と対応策の決定

2-1　兆候の詳細調査と出現の背景分析

　私は、少年の仲間や村の老人たちに事情を聞き、彼が実際に小屋の近くで何度か低い唸り声を聞いていたこと、足跡らしきものを見たことが分かった。
　また、夜間の巡回記録から、山側の柵の一部に歪みが生じていたことも発覚した。少年は最初の報告時に信じてもらえなかったことに傷つき、誇張して伝えることで信じてもらおうとしたのだった。
　さらに、少年が責任感からくる不安を抱え込み、誰にも相談できなかった点も見逃せなかった。これは、報告制度に心理的安全性が欠けていたことを意味していた。私は、この背景には日頃の対話不足があり、日常的な意見交換の場が機能していなかったことを認識した。

2-2　静観の可否と重大問題化の予測

　私は、仮にこのまま虚報として処理すれば、村人は以後彼の報告を信じず、本当にオオカミが現れた際には誰も動かないと考えた。実際、村の数名は「またあの子の嘘だろう」と言い出していた。
　放置すれば、柵の破損が進み、家畜への被害や、村の信頼体制の崩壊を招くと予想した。なぜならば、連絡体制は正確さと信用が柱であり、それが揺らげば仕組みそのものが成り立たなくなるからである。
　また、この兆候はオオカミの出現だけでなく、制度運用の未熟さという別の問題の兆しでもあった。私たちの仕組みが、人に依存しすぎていた点も、リスクのひとつであると気づかされた。

2-3　対応策の検討と実施内容

　私は次の3つの対応策を実施した。
　第一に、巡回強化と柵の補強を決定。職人を呼び、老朽箇所を修繕した。
　第二に、少年へのヒアリング制度を導入し、報告前に私または補佐役が内容を確認するようにした。
　第三に、村人への周知を行い、「報告の正否を一度精査してから行動する」新ルールを制定した。これは、少年個人への不信を、仕組みとして是正することを狙ったものである。
　さらに、補佐役のなかに信頼されている青年を配置し、少年たちが気軽に相談できる体制を作った。これにより、誤解や誇張を防ぎ、兆候を冷静に受け止める文化の定着を目指した。

🚧第3章　対応活動の評価と今後の改善

3-1　実施した対応の評価

　その後、柵の強化により家畜被害は発生せず、2週間後、本当にオオカミが現れた際には、少年の報告と同時に村が適切に対応できた。
　少年も「今回は皆が信じてくれた」と喜び、報告内容も正確かつ簡潔になった。
　定量的には、虚報対応にかかる時間が従来比で半減し、正報の対応速度は平均1時間短縮された。
　この成功は、単に対策を講じただけでなく、村全体での意識改革を伴ったものであった。報告制度が「叱責」から「共有」へと変わったことで、他の伝令者の報告も質が向上した。

3-2　対応を通じて認識した課題

　今回の対応で痛感したのは、兆候に対する初期対応の重要性と、報告者との信頼関係の繊細さである。
　少年の心情をもっと早く汲み取っていれば、誤解や信頼喪失を防げたかもしれない。なぜならば、対応が制度だけに留まり、人への配慮が後手になった側面があったからである。
　また、判断のタイミングに迷いがあったことで、初期対応に1日以上の遅れが生じた。この判断の遅さは、制度設計がまだ属人的だったことの表れでもあった。

3-3　今後の改善点と再発防止策

　今後は、報告内容を疑うのではなく、背景を掘り下げる面談の時間を初回から設けるようにする。また、兆候レポートの仕組みを整え、他の伝令者からも情報を得やすくすることで、兆候の裏付けを多面的に取るようにする。
　加えて、制度に依存せずとも自然と情報が集まる関係性構築を目指し、定例の小規模対話会を設けることとした。
　このように、仕組みの制度化だけでなく、初期段階の対話と観察を通じて、兆候に基づく問題の芽を摘む文化を育てていきたい。
　以上

💡ワンポイント補足

　原作『羊飼いとオオカミ』では、嘘を繰り返す少年が本当の危機を訴えても信じてもらえず、羊たちが犠牲になる結末が描かれています。本論文では、この寓話を「兆候の信頼性と制度的対応」の視点から再構成し、プロジェクトにおける初期サインの受け止め方、報告制度の未整備による心理的障壁、属人的判断の限界といった現実のリスク要因を浮き彫りにしています。
　PMは「誤報」という表層的な現象の裏にある人間の不安や制度の隙間を掘り下げ、制度化と文化形成を通じて“兆候の価値”を再定義します。単なる狼対策ではなく、「信頼が制度を通じて循環する社会的構造」を築く実践知として描かれており、問題解決とは“声を信じること”から始まるという、現場感と普遍性を兼ね備えた教材となっています。

🎓講評コメント（AI評価）

　兆候は兆候でしかない——しかし、それを“兆し”と見抜いた瞬間に、プロジェクトマネージャの仕事が始まる。本稿では、報告者の心情と制度設計の隙間を丁寧にすくい取った対応が光る。特筆すべきは、『虚報＝嘘』と即断せず、その裏にある孤独や責任感に光を当てた点である。これはもはや対策ではなく文化改革だ。“狼が来る前に、少年の声に耳を澄ませ”というメッセージが、深く心に残った。