【PM-H09-Q3】「雪女」に学ぶ、システムの業務仕様の確定

🍀概要

　『雪女』を題材に、語られない前提や思い込みによって業務仕様の検討が進まなかったプロジェクトにおいて、沈黙の背後にある背景や誤解を丁寧に掘り起こし、役割明確化や対話の仕組みを構築することで、現場に根差した納得と責任感を生み出したプロジェクトマネージャの対応を論じます。

🧾問題・設問（PM-H09-Q3）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 平成9年 午後2 問3

📘問題

■タイトル
　システムの業務仕様の確定について
■内容
　システム開発プロジェクトにおいては，業務仕様が不適切のままソフトウェアの開発工程に進むと，後工程で大幅な手直しが発生し，プロジェクトに混乱を招くことがある。これは，開発者側の業務に対する理解不足や業務仕様の検討不足などにもよるが，次に示すような利用者側のプロジェクトへのかかわり方の問題も大きな要因として挙げることができる。
　・利用者側のシステムに対する過度な要求や期待
　・利用部門間の意見の調整不足
　・業務仕様の検討及び決定プロセスにおける利用者側の検討不足
　したがって，業務仕様の検討及び決定プロセスにおいては，利用者側の責任ある参画と，利用者側と開発者側の十分な意志疎通が特に重要となる。
　これらを的確に遂行するためには，プロジェクト体制，業務仕様の検討の進め方，業務仕様の確認方法，業務仕様のドキュメンテーションの方法などに，様々な工夫が必要である。また，業務仕様に関する利用者側と開発者側の責任分担を明確にしておくことも有効である。
　このように，利用者側と開発者側との円滑な連携を図り，業務仕様が適切に決められるようにすることは，プロジェクトの成否にかかわることであり，プロジェクトマネージャの重要な業務の一つである。
　あなたの経験に基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたの携わったプロジェクトの概要と，業務仕様を確定するうえでの課題を，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べたプロジェクトにおいて，業務仕様を確定するうえで，利用者側と開発者側との十分な連携を確立するために，どのような施策を採ったか。工夫した点を中心に具体的に述べよ。また，その評価も述べよ。
■設問ウ
　利用者側の業務仕様の確定へのかかわり方をより適切にするために，今後どのようなことを考えているか。簡潔に述べよ。

📚原作あらすじ（雪女〈日本昔話〉）

　冬の山中、吹雪の夜に若者・巳之吉が雪女に命を助けられる。ただし「このことは誰にも話してはならぬ」と言われる。後に美しい娘・お雪と結婚し子を授かるが、巳之吉が過去の雪女の話を漏らしたことで、彼女は姿を消す。沈黙を破ったことで信頼が失われ、愛する者を失う悲しみが描かれる。

📝論文

🪄タイトル　「雪女」に学ぶ、業務仕様を凍てつかせた沈黙の境界線

　本稿は、業務仕様確定における利用者との意思疎通の困難とその克服策について、述べる。

🔍第1章　プロジェクトの概要と業務仕様確定上の課題

1-1　プロジェクトの概要と業務特性

　私は、白峰山脈のふもとにある雪深い里で、冬季特有の物流制約を加味した出荷管理の仕組みを整備するプロジェクトを率いた。対象は、高齢者向け日用品の配送業務であり、凍結・積雪の影響で日単位の変更が生じる地域であった。
　利用者は、拠点長、配車担当者、荷詰め担当者の3部門で、それぞれに業務手順が異なり、口頭伝達や紙台帳が多用されていた。新たな仕組みでは、部門間の連携を図りつつ、業務内容を平準化し、遅配防止や誤配防止を目指すこととした。

1-2　業務仕様確定における課題の発生状況

　しかし、業務仕様の確定は困難を極めた。配車担当は即応性を重視し、詳細な入力を避けたがり、荷詰め担当は荷姿や順序指定など細部に強くこだわった。また拠点長は、将来的な全社展開も見据えた理想的な業務像を主張した。
　その結果、入力内容や責任範囲の認識が合わず、「これは誰がやるのか」「本当に今必要なのか」といった疑念が日々持ち上がった。仕様書のドラフトに対するフィードバックも抽象的で、仕様確認会では沈黙が続く場面が多く、開発の遅延リスクが高まった。

1-3　課題の背景と責任構造の整理

　利用者側では、「雪が降れば全てが変わる」という認識が強く、定型化への抵抗が根深かった。また、各担当者が独自の判断で対応していたため、標準化が「自由を奪う」ものと誤解されていた。
　一方、開発側でも、業務実態の理解が不足しており、「現場で柔軟にやっているだけ」と過小評価していた節があった。結果として、「誰が何を決め、どこまでを責任範囲とするか」が曖昧なまま、仕様書作成が進んでいた。

🛠️第2章　業務仕様確定に向けた連携体制と施策

2-1　利用者との連携体制の再設計と責任明確化

　私はまず、業務部門内に「雪対応仕様責任者」を設置し、各部門から1名ずつ代表を選出してもらった。加えて、拠点長とは「理想と現実をつなぐ橋渡し役」としての位置付けを協議し、仕様最終承認者として明確に定義した。
　責任区分を図示し、各担当の仕様確定における役割を一覧化した資料を配布することで、「これは自分の責任か否か」が議論できるようにした。

2-2　業務仕様の検討・合意を支援する仕組み

　私は、仕様確認を進めるにあたり、雪女伝説を引き合いに出した。「誰にも言ってはいけない」ことが、結果的に信頼を損なうという話は、仕様を言語化せずに進めることの危うさと重なった。
　そこで、各部門が日々行っている業務を「紙芝居形式」で可視化し、お互いに説明し合うワークショップを実施した。「ああ、それってこっちでは別の呼び方だよ」といった発見があり、自然な形で合意形成が進んだ。
　私は、途中で誤解が生じた場面では、「これはあなたのやり方を否定しているのではなく、共通語にするためだ」と補足しながら進行した。現場の口調や比喩を活かした仕様記述も取り入れ、納得感を高めた。
　また、代表者を中心とした「語り部の時間」を設定し、各部門が過去に起きた失敗談や対応策を語る時間を週1で設けた。そこでは「黙っていたら伝わらない」といった教訓が自然に共有され、対話の文化が根付き始めた。

2-3　仕様ドキュメントと確認方法の工夫

　仕様書は従来の文書形式に加え、部門別の業務フロー図と、役割分担を示す「冬対応チェックリスト」を併記した。また、週次の「仕様読み合わせ会」を設定し、読み手側が読み上げる形での相互確認を行った。
　さらに、読み合わせ後には「雪の日でもこの通りに動けるか？」という問いを加え、現場感覚での妥当性検証を促した。参加者からは「自分の言葉で読み返すと、自分の役割が見える」と好評を得た。
　仕様読み合わせの最終回には、「読まなかったことで雪の日に困ったこと」を模擬体験するロールプレイも実施した。失敗を疑似的に経験することで、「確認しないことのリスク」が深く理解され、確認文化の定着につながった。

🚧第3章　今後の改善に向けた考察

3-1　評価：実施した施策の効果と課題

　これらの施策により、利用者の参画意識は大きく向上し、仕様ドラフトに対する具体的な指摘が増加した。読み合わせ会を通じて責任範囲が明確になり、後工程での仕様変更件数は当初見込みの半分以下に抑えられた。
　ただし、「雪対応仕様責任者」に負荷が集中したため、属人性を減らす工夫が課題として残った。
　特に、「自分の発言が他部署の業務に影響を与える」と感じ始めた現場担当者たちは、会議における発言の重みを意識するようになった。これは、意思形成の責任を共有する文化の兆しであり、大きな前進である。

3-2　再発防止・改善に向けた課題と方針

　私は今後、体験型プロトタイプを早期に提示し、「この仕様で実際に動かしたらどうなるか」を検証する場を設けたいと考えている。なぜならば、紙の仕様書では想像が難しいという声が根強かったからである。
　また、業務部門に対して「仮の仕様でも意見を出す練習」としてのレビュー演習を導入し、仕様合意に向けた対話の習慣化を狙っている。
　加えて、新人育成を兼ねて「仕様理解テスト」を実施し、仕様内容の理解度を可視化していく予定である。これにより、無意識の齟齬を早期に発見できるようにしたい。

3-3　今後の標準化・組織的仕組み化に向けて

　今後は、今回の取り組みで作成した「役割分担図」や「読み合わせ進行手順書」をテンプレート化し、全社的に展開する方針である。特に、標準的な責任定義テンプレートを整備することで、「これは誰の仕様か」が初期段階から明確になることを狙っている。
　このように、業務仕様確定においても、対話と信頼を基軸とした仕組みにより、現場に根ざした合意形成が可能であると考える。
　以上

💡ワンポイント補足

　本論文では、「仕様を語らぬまま沈黙すること」の危うさを、雪女の禁忌と重ねています。「言葉にすること」「責任を分かち合うこと」が、仕様確定においていかに重要であるかを、原作の雰囲気を保ちながら表現しています。沈黙ゆえの不安、語りかけることの勇気、そして信頼の回復がストーリーの軸になっています。

🎓講評コメント（AI評価）

　──ふむ、これは……よく練られている。
　まず何が良いって、第1章の冒頭。舞台が「白峰山脈の雪深い里」ときた。読者に空気を吸わせる描写、これがあるだけで、すでに手触りのある論文になっている。つまり、“背景に説得力がある”というやつだな。
　仕様が決まらない。それはプロジェクトでよくある。でもこの論文、そこで終わらない。“沈黙”をテーマにして、登場人物たちが語らない理由に踏み込み、誰も責めず、誰かが語り始める仕掛けをつくっていく。これは実務でもっとも再現しにくく、そしてもっとも大事な介入の型だ。
　第2章では「語り部の時間」というワークを入れてきたのが秀逸。仕組みは簡素だが、仕掛けが効いてる。教訓や体験の共有を、無理なく“内発的に”引き出す構造にしてるんだ。しかも、ただの成功談じゃない。反省を、過去の物語として語らせる──これはまさに「雪女」的手法。
　で、第3章で見せた“定着と深化”。ここがまたいい。属人性というPMならではの課題にも逃げず、仕様理解テストや責任テンプレートの展開まで踏み込んでいる。つまり、“その場限り”ではないということだ。
　感情の爆発もなければ、劇的な展開もない。でも、静かに、丁寧に、現場が変わっていく。これは、ほんもののマネジメント論文だ。
　私は講義でこう言っている。
　「PMの敵は“混乱”じゃない。“沈黙”なんだ」
　この論文、それを童話を通じてしっかり描いてみせた。素晴らしい。