🍀概要
本教材は、プロジェクトマネージャ(PM)としての視点から、システム監査技術者(AU)へと視座を引き上げていく過程を描く、疑似体験型の教材です。システム監査の経験がない受験者が、無理なくシステム監査人の視座を身に着け、午後2論述で頻出の問題の回答ポイントを中心に学ぶことができます。
📘この教材の使い方──メンバにも、PMにも、監査人にも
本教材は、プロジェクトマネージャ(PM)としての視点から、システム監査技術者(AU)へと視座を引き上げていく過程を描いています。一見すると、PM経験者向けの内容に見えるかもしれません。しかし実は、この物語の本質は、「メンバが経験する葛藤」や「現場で感じた違和感」に対して、“一段上の視点からどう理解し、改善の糸口を見出すか”を学ぶ構造にあります。なお、PM経験がなくても大丈夫です。むしろ、現場で悩み、戸惑い、うまく言語化できなかったことがある人にこそ、この教材は意味を持ちます。
視座変換とは、特別な立場に就くことではありません。いまの立場から、もう一歩だけ高く・広く見る練習です。メンバの方でも、「こういう見方ができるのか」「監査人の人ってこんなところを見てるのか」と、発見しながら読んでいただければ十分です。そしてPMの方には、「自分が監査される側になるなら、どう準備し、どう説明すべきか」という視点の獲得につながります。
さらに監査人の方には、「現場との温度差」や「後進に伝える難しさ」への共感と、教材としての活用ヒントを提供します。メンバから読み、PMとして捉え直し、AUとして評価していく。本教材は、そんな立体的な学びの起点となることを目指しています。
なお、本教材は試験論述の模範解答そのものではなく、理解促進のための体験型構成となっています。
📝監査人ロールプレイ
第0章 監査人になるということ──はじまりの視座
0-1 配属初日の記憶
「監査? それって、現場を指導する係ですよね?」
10年前、私はそう言って、初日に上司を苦笑させた。
当時の私は開発部門から異動してきたばかりで、監査の『あ』の字も知らなかった。資料を整えて進捗を報告し、問題点を指摘するだけ──そんな業務を想像していた。
最初に声をかけてくれたのは、今でもお世話になっている佐藤さんだった。開口一番、彼はこう言った。
「監査は、事実に黙って線を引く仕事だよ」
何を言っているのか、正直すぐにはわからなかった。
だがこの一言が、私の『監査人としての思考』の始まりとなった。
0-2 A社と監査部門の背景
A社は、生活消費財を扱う中堅製造業で、直近ではクラウド活用やデジタル業務支援ツールの導入を急速に進めている。
一方で、過去にはSaaS導入時の混乱や、統制不備による業務停止リスクなど、いくつかの痛みも経験してきた。
そうした経緯を踏まえ、現在では監査部門は経営直下に位置づけられ、IT統制やリスク評価においても独立性を確保した体制となっている。
この物語は、私が監査部門に異動して間もない頃の経験を振り返り、現在の立場(主査)から整理した記録である。今では後輩に伝えたいこと、そしてかつての自分に向けて書いているようなものだ。
『なぜ、その構文で書くのか?』
『なぜ、その言葉を避けるのか?』
それらはすべて、あの一言──「黙って線を引く」という感覚の延長線上にある。
これから始まる物語が、あなた自身の「監査人になる」という思考の旅の一歩となれば幸いだ。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章のような語り出しや監査人の視座の変化は、直接設問とは連動しませんが、「第1章1-1 冒頭での監査人の立場明記」や「独立性・中立性の姿勢表明」に必須の前提となります。
✍ 記述時のポイント:
論文では「私は、A社の監査部門に所属するシステム監査人である」といった立場表明が定型句として必要です。また、試験官は冒頭で『監査人の視点が備わっているか』を初期判定します。語りのトーンや視座の入り方にも注意を払いましょう。
🛠 実務経験への応用:
監査経験が浅い場合でも、異動や初任の戸惑いといった経験を『思考の転機』として整理すれば、論述の導入に説得力を持たせることができます。
💬 補足:
本章は、採点対象となる設問ア・イ・ウには含まれていないため、本試験で記述する場合は、原則として省略または極めて簡潔に留めるのが安全です。
ただし、教材・模擬論述の文脈では、「監査人としての視座の入り方」や「思考の転換点」を描くことにより、読解の補助や自己の理解促進に役立つ場合があります。
本稿ではその目的で導入パートを設けていますが、試験対策としては、この章を省略した上で設問アから論述を開始することを推奨します。
第1章 中期監査計画と監査方針の策定
1-1 監査基本方針の構想
春の人事異動を経て、私はA社の監査部門に異動となった。システム部門からの異動者としては珍しく、周囲からは「実務寄りの目線で動けそうだな」と期待されていた。
異動から1週間、最初の部門会議で監査部長が口を開いた。「今年から『止めない監査』をキーワードに方針を見直す。現場に迷惑をかけるだけの監査から、経営の羅針盤になる監査へ移行する」
隣に座っていた先輩が小声で言った。「正論だけどさ、現場に歓迎される監査なんて、そう簡単じゃないよ」
新方針の要点はこうだ──過去の重複監査や過剰な証跡要求の反省を踏まえ、リスクベースでの監査計画を徹底し、情報システムの活用実態と業務リスクの接点を捉える構成に改める。
私はかつての開発現場で、チェックリストだけを求めてくる形式的な監査に辟易した記憶がある。それでも、監査されることが考え直すきっかけになると感じたこともあった。
『監査は不要なものではないが、歓迎されるものでもない』──その曖昧な存在意義を、構想で乗り越えられるかどうかが試されている気がした。
1-2 監査対象の抽出と全体戦略の構築
中期監査計画を策定するにあたり、まず過去の監査実績や業務構造を踏まえ、次年度以降の監査候補を洗い出す作業から始まった。担当者の佐藤さんがExcelで過去5年分の監査実績一覧を開きながら言った。
「この部門、前回監査が2019年ですね。そろそろ入った方がいいかもしれません」
「でも最近、何か問題出てましたっけ?」と私。
「いや、特に不祥事はないけど、新システムを独自導入してたのを、たまたま別の監査で知りまして。そこが気になります」
リスク評価は「発生可能性」と「影響度」を軸に行うのが基本だが、現場の動きを知らなければ評価軸そのものが歪む。監査対象が『問題が起きてから見に行く』構造になっていないか、私たちは慎重に見極めなければならない。
加えて、全体戦略では「技術変化のスピードに対応できるか」が焦点になった。クラウド移行、ゼロトラスト導入、AI活用──経営層が期待するのは、そうした新技術に対する監査の知見だ。
「技術に疎い監査人が時代遅れの指摘をしてしまえば、信用を失いますよね」
佐藤さんの一言に、私はうなずいた。
技術を理解し、現場と対話し、そしてリスクを見抜く。中期計画は単なる計画書ではない。私たち自身の『監査人としての視座』を明文化する挑戦なのだと感じた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章の「監査方針の構想」や「監査対象の抽出」は、試験で問われる「監査対象の選定理由」や「監査計画策定の背景」と関係します。
✍ 記述時のポイント:
論文では、監査対象を選定するに至った『理由の因果構造』を明示すると加点対象になります。単なる対象列挙ではなく、「経営環境の変化」や「監査リソースの制約」など複合的な要因を絡めて記述すると説得力が増します。
🛠 実務経験への応用:
実務では「監査対象候補群」や「対象管理表」として複数部門を一覧化し、そこからリスクに基づき優先順位をつけて選定することが一般的です。本稿では試験表現との整合を考慮し、あえて「監査対象の抽出」と記述しています。
💬 補足:
本稿では、実務上は監査部門で重要視される「複数監査対象の包括的管理(いわゆる監査ユニバース)」という視点を踏まえて記述しています。
ただし、このテーマは高度な構想レベルに位置づけられるため、システム監査技術者試験の論述問題として直接出題される可能性は低く、試験では「個別の監査対象の選定理由や重点性」に焦点が置かれる傾向があります。
そのため本稿では、表現としては「監査対象の抽出」や「監査対象候補の整理」といった言い回しを採用し、試験記述との整合性を重視しています。
第2章 年度監査対象の選定
2-1 候補部門・システムの抽出
5月初旬、今年度の重点監査対象を決める検討会が開かれた。部長が白板に「リスク兆候」「経営指示」「是正未了」「技術変化」などと書き出しながら言った。
「この観点で、候補をリストアップしてくれ」
私が資料を読み込んでいる間、他の主査たちは現場ヒアリングの記録や内部統制委員会の議事録などをもとに、それぞれの観点から候補を検討していた。
若手の私は、過去の監査報告や内部通報リスト、会議記録を洗いながら10件の候補を抽出した。だが、そこには明らかな『優先度』の差がある。
「これ全部見るのは無理だろう」と佐藤さんが漏らす。
確かに、A社は全社で20以上のシステムを運用している。昨年度の監査結果から『是正未了』で再確認が必要なもの、新規導入された営業支援ツール、マイグレーション中の財務システム…。全てが妥当な対象に見えるが、資源には限りがある。
私は、財務システムの改修時に暫定対応となっていたID管理の仕組みに注目した。ログイン連携が未整備で、内部統制上も懸念が残っていた部分だ。
「これ、もう一度見直すべきじゃないですか?」
佐藤さんがうなずいた。「その視点、使えるな。経営層にも伝わりやすい」
2-2 リスク評価と優先順位付け
会議室には、監査部門の主査3名が集まり、抽出された候補に対して『スコアリング』が行われた。
リスクスコアは、
(1) 発生可能性(操作ミス、設定不備、組織再編)
(2) 影響度(財務報告、顧客対応、風評)
(3) 経営関与度(重点施策/全社展開)
の3軸から構成され、それぞれ5段階で採点。
「このシステムは影響度は大きいけど、運用が安定してる。むしろこっちの方が…」
点数だけでは語れない『直感的な不安』も議論に含めつつ、上位3件が優先候補となった。
その『直感』とは、必ずしも主観的な印象ではない。例えば、ここ数年監査対象外だった部門で、主要メンバーの異動が重なっていたり、以前とは異なる形でシステムが使われ始めていたり──形式上は問題がなくても、制度の裏で生じている『静かな構造変化』に気づくような感覚だ。
こうした兆しは、既存のスコア評価では捉えにくい。だが、リスクはいつも数字の外側で育つ。だからこそ監査人は、経験に裏打ちされた『微細なズレ』に敏感でなければならない。
佐藤さんは言った。「その『兆し』は、軸の見直しを促すか、例外処理として扱うか、都度判断が要る。だが、無視はできない」
私はうなずいた。監査人の直感は、感情や偏見とは違う。整合性からの微かなズレに気づく『検知器』のようなものであり、それをどう扱うかは、計画設計の柔軟性に委ねられているのだ。
議論の途中、私はふと思い立ち、先月まとめた中期監査計画案を開いた。
「全体戦略では『技術変化の早さに対応できる監査』って方針でしたよね。この対象群、少し偏ってないでしょうか」
部長が手を止める。「お、いい指摘だな。対象選定って、リスク評価だけじゃなく、『計画全体との整合性』が重要なんだよ」
佐藤さんが続けた。「一件ごとの正しさより、『どういう観点で全体をカバーしているか』を説明できる構成にしておく。経営層はそれを見てる」
私はその言葉にハッとした。点の積み重ねではなく、面で捉える──監査計画とは、個別評価の集積ではなく、戦略的選択の構造である。
部長は最後にこう付け加えた。
「経営層が『今ここが見たい』と思ってる場所に、うまく乗せていこう。指摘を出すのが目的じゃない。リスクの代弁者として、価値を出すんだ」
私はこのとき、『対象の選定』がすでに監査の一部であることを理解し始めていた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章で描かれた「リスク評価と優先順位付け」は、試験設問における「重点項目の設定理由」や「監査対象の選定根拠」に相当します。
✍ 記述時のポイント:
リスクの兆候をスコアだけでなく『構造変化の兆し』として捉える構造は、因果構造として高評価を得やすいです。単に「影響度が高いから」ではなく、「組織再編+新技術導入の掛け算でリスクが増した」など、複層的に記述する工夫が有効です。
🛠 実務経験への応用:
たとえ監査経験がなくても、「障害レビューでの懸念箇所抽出」や「業務改善の優先順位付け」といった経験から、同様の判断構造を取り出して流用可能です。
💬 補足:
「監査対象の選定理由」「重点項目の設定」「監査の背景」などは出題頻度が非常に高く、過去問では複数の設問に共通して出現しています(例:情報セキュリティ監査・運用管理・外部委託管理など)。
第3章 予備調査と初期ヒアリング
3-1 関係部署への事前通知と準備
監査対象が決定した翌週、最初のアクションは関係部署への事前通知だった。私は監査説明資料のひな形を前年度版から引き継ぎ、表紙に日付と部門名を追加した。
「監査って怒られるやつですよね?」という連絡を受けて、監査に対する誤解が根強いことを改めて認識した。
説明資料には、今回の監査の目的、スコープ、観点、日程、および求める証跡リスト案が含まれている。これを受けた現場がどう動くかで、監査の『初速』が決まる。
先輩の佐藤さんは言う。「最初に『怖そうな監査人』だと思われると、全部のやりとりが硬直化するぞ」
私は、最初の打合せではできるだけ柔らかい言葉を選ぶようにした。「今回は、改善余地があるところを一緒に探しましょう」
打合せの最後に、「監査の目的って、何ですか?」と聞かれた。
私は答えた。「将来の事故を、今のうちに防ぐ。──それが、監査の役割です」
3-2 現場ヒアリングと初期仮説の構築
現地訪問初日。帳票処理システムの運用担当・森田さんが、PCの画面を操作しながら言った。
「紙の稟議はあるんですけど、実際はSlackで『OKです』って返事があれば、先に処理しちゃってます」
「それ、稟議書との突合は?」と私が尋ねる。
「月末にまとめて『紙ベースで』やってます。実務的にはそれで問題ないので…」
この時点で私は、規程と実態にズレがあると判断した。ただし、まだ断定はしない。監査人の役割は『気づいたことを記録し、裏付けを取ること』だ。
別の場面では、管理者アカウントのパスワードが未変更のままだったことも確認された。ログを見ると、設定変更履歴が6カ月以上存在しない。
「うち、実は変更運用してないんですよ」
「でも規程では、3カ月ごとの更新ですよね?」
森田さんは黙り込んだ。
私はその沈黙を責めず、「実態と規程に差があると、統制評価の整合が取れなくなるんです」とだけ伝えた。
このヒアリングを通じて、私は初期仮説を構築した。形式上の統制が存在していても、実態との不一致が生じている──それが、今回の監査の主軸になるかもしれないと感じた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章に登場する予備調査や初期ヒアリングは、「監査手続における証拠の収集方法」「仮説構築の根拠」に該当し、設問イで頻出の内容です。
✍ 記述時のポイント:
規程と実態のズレを「即断せず仮説として捉える」構造がポイントです。ヒアリング情報は主観に依存しやすいため、「何を裏付けとして使うか」を明示しておくと説得力が増します。
🛠 実務経験への応用:
業務ヒアリングや要件定義で感じた違和感を「気のせい」で済ませず、検証対象とする訓練が、監査的な初期仮説構築の第一歩になります。
💬 補足:
本章で描かれている「関係部署への事前通知」「監査の初期説明」「ヒアリング結果からの仮説構築」は、実務では極めて重要な監査初動の要素ですが、システム監査技術者試験の午後Ⅱ論述では、それらが直接設問として問われるケースは多くありません。
特に「初期対応の雰囲気形成」や「説明資料の調整」「言葉選び」などの描写は、論述として評価されにくいため、設問イや設問ウの主眼である『監査観点の妥当性』『評価根拠』『是正提案』に結びつけて活用する形が望ましいです。
なお、「ヒアリング結果をもとに仮説を立てる」「統制と実態のズレを記録する」といった記述は、監査手続や観点設計につなげる要素として、補助的な加点対象になる可能性があります。
第4章 個別監査計画の策定
4-1 監査目的とスコープの明確化
予備調査の結果を踏まえ、監査部門では個別監査計画の策定に入った。私は、現場で得た『違和感』がどのような監査目的に収斂するかを整理していた。
「統制が形骸化している箇所が複数あった。ただ、全部を対象にしていたら切りがない」
佐藤さんが助言する。「監査目的は『深掘りしすぎず、的確に狙う』。これが重要なんだ」
私たちは次のように設定した:
・目的:業務処理統制の有効性を確認し、形式と実態の乖離が内部統制に与える影響を評価する
・対象範囲:帳票処理プロセス、アクセス管理手順、承認フロー
特に『対象外事項』を明記したことで、現場との過剰な期待のすれ違いを防ぐ狙いがあった。
4-2 監査観点と手続の設計
次に、観点と手続の設計に移った。今回は以下の3観点に絞った:
(1) 業務処理の正当性(承認プロセスの記録・整合)
(2) アカウント管理の適正性(ID発行・権限変更)
(3) 実施記録の保全性(ログ/画面キャプチャの存在)
私は、初めて本格的に手続案を構成するにあたり、プロジェクトマネージャだったころの癖が出た。
(1) 稟議書を確認する。
(2) アクセスログを確認する。
(3) 操作ミスが発生した場合の修正記録を確認し、手順通りに対応されているかどうかを評価する。
『とにかく見て判断する』という意識が染みついており、自分の視点で「AだからB」と書くことが自然だった。
だが、佐藤さんが静かに首を振った。
「手続ってのは、『自分が考えたこと』じゃなくて、『整合性を確認する構造』なんだ。今のお前の案は、ただ見に行くだけ。何を何と照らして、どう判断するかが抜けてる」
私は思わず聞き返した。
「PMだと、『Aと考えた。なぜならBだから。具体的にはC』という構文で書くことが多かったんですが、監査って何か違う気がしてて……」
佐藤さんは笑いながら答えた。
「いい視点だな。監査では、『〜を確認し、〜と整合しているかを判断する』って構文が基本なんだ。主語が『私』ではなく『事実』にある。そして判断も『整合性』という軸で行う」
私はその助言をもとに、手続案を修正した。
(1) 稟議書の承認記録を、承認者一覧および業務フロー規程と照合し、正当性を確認する。
(2) アクセスログの操作履歴を、アカウント管理台帳と照合し、権限付与との整合性を確認する。
(3) 誤操作時の修正記録の有無を確認し、処理結果が修正内容と整合しているか、ならびに再発防止策が運用上有効に機能しているかを評価する。
佐藤さんはそれを見てうなずいた。
「いいな。手続が『見るためのもの』じゃなくて、『判断の筋道』になった」
私は初めて、『監査人として手続を書く』ということの意味を、体で理解しはじめていた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
ここで扱われる「監査手続の設計」は、設問イにおける「監査観点と評価方法の記述」そのものであり、論文の核心です。
✍ 記述時のポイント:
「~を確認し、~と整合しているかを判断する」という監査特有の構文が書けるかどうかが重要です。手続文に「対象」「基準」「整合観点」の3要素が含まれているかをチェックしましょう。
🛠 実務経験への応用:
プロジェクトレビューや品質監査でも、「どこを見て、何と照合し、どう判断したか」を明示できる構成力が活かされます。
💬 補足:
本章の内容(スコープ・観点・手続の設計)は、「監査手続」「観点設定」「評価方法の工夫」などに関する設問イで頻繁に出題されています。
特に「確認対象の特定」「照合対象の設定」「整合性評価の観点」などは頻出で、因果構造を明示しやすいテーマとして高得点を狙える領域です。
第5章 監査手続の実施
5-1 文書・ログ・証跡の確認
監査計画に沿って、証跡確認が始まった。私はまず、現場から提出されたアクセス権限一覧と承認フロー図を手に取り、記録された承認者の職位と、ログ上の実行者が一致しているかを確認した。
「このユーザーID、実は退職者のアカウントが生きてたんです」
現場の担当者が申し訳なさそうに答える。アカウントの削除タイミングが遅れ、別の担当者がそのまま使っていた形跡があった。
担当者は「再利用自体は例外的にあります」と述べたが、私はその『例外』が継続的に放置されればルールの形骸化につながるリスクを含んでいると感じた。
次に、パスワード変更ログを確認した。ポリシーでは3カ月に一度の更新が求められているが、一部の重要アカウントで半年以上変更されていない記録があった。
「これは業務に支障が出るって理由で、更新を一時保留していたそうです」
理由がどうあれ、規程との不整合は統制の不備とされる。私は事実を整理し、評価は次章に委ねることにした。
5-2 現場対応の実地確認と整合評価
午後には、実地確認に移った。実際に画面操作をしてもらい、マニュアル通りに業務が進行しているか、記録の取得や保存の流れに齟齬がないかを確かめる。
ある画面では、削除ボタンの操作に対するログが残っていなかった。
「それ、画面上にはあるんですけど、内部的には記録されない仕様です」
設計上の制約は理解できる。だが、記録が残らなければ監査証跡とはならない。私はメモに「監査可能性低下のリスク」と記した。
「画面キャプチャなどで補ってますけど、正式な証跡にはしてません」
『監査対象が形式的には存在し、実態では担保されていない』──この状況は、初期仮説の裏付けとなる。
手続を終えて部屋を出るとき、森田さんがぼそりと言った。
「やっぱり、形式と実態ってズレるんですね。あらためて気づきました」
その言葉を聞き、私は心の中で「それが監査の本質です」とつぶやいた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章の「証跡確認と整合評価」は、試験における「監査手続の実行と評価の妥当性確認」に該当します。ここでの視点が、評価フェーズの信頼性を支えます。
✍ 記述時のポイント:
単なる事実列挙ではなく、「なぜその記録が統制の証明になるのか」という視点で記述すると、因果構造が明確になります。また「例外的運用」を『潜在的リスク』として認識する姿勢が評価されます。
🛠 実務経験への応用:
設計仕様との突合や操作記録の分析など、日常的なレビュー作業を「統制評価の視点」で見直すと、監査的な判断力が磨かれます。
💬 補足:
「監査手続の実施内容」や「証跡・ログの整合性確認」などの具体的な手順とその評価は、設問イでの出題例が多く見られます。
特に「記録の存在確認」「ログの保存状況と統制」などは、アクセス管理・電子記録の整合性といったテーマで過去にも複数出題されています。
第6章 評価と論点整理
6-1 監査観点ごとの評価結果整理
監査手続で収集した証跡をもとに、私たちは観点ごとに評価を整理した。ホワイトボードには、(1) 承認の正当性、(2) アカウント管理の適正性、(3) 記録の保全性 の3つの観点が並ぶ。
「パスワード変更ポリシーの逸脱は、内部統制上どのレベルの問題か?」
佐藤さんが私に問いかける。私は、形式としてはポリシー違反であるが、実際のリスク顕在化は起きていない点を挙げた。
「では『形式的不備』として処理する。その代わり、再発の可能性を添える形で記載しよう」
『評価』とは、事実と感情を切り分ける行為だと感じた。ヒアリングで感じた違和感や、現場の戸惑いを思い出しつつも、私は手続と照らして冷静に整理を進めた。
ログ未取得の削除操作も同様だった。設計上の制約という事情があるにせよ、「監査証跡が欠如する操作に対し、代替統制が明文化されていない」という点が問題とされた。
「これは、内部統制の有効性に関わる『統制環境の弱さ』として評価しよう」
佐藤さんが言った。
6-2 評価根拠と影響度の特定
次に私たちは、評価を裏付ける根拠と、その影響範囲を明確にする作業に入った。
「Slack承認と紙稟議の二重運用については、どちらか一方に統一されていないのが問題だよな」
「しかも、『結果的に整っている』だけで、プロセスとしての統制は崩れてます」
評価結果を文書化する際には、「○○が行われていなかった」ではなく「○○の実施記録が確認できなかった」「○○に対する規程との整合がとれていなかった」と記述するようにした。
事実と判断の境界を曖昧にしないこと、それが評価の信頼性に直結する。
最後に、各指摘項目がどのような影響を及ぼす可能性があるかを整理した。
・パスワード管理の不備 → なりすましによる操作リスク
・ログ未取得の削除操作 → 不正操作の不可追跡性
・承認プロセスの二重構造 → 意思決定責任の曖昧化
「これは『部分的な運用逸脱』じゃなく、『統制整合性の欠如』とみなすべきですね」
私の一言に、佐藤さんがうなずいた。
評価は、事実を冷静に見るだけではなく、『組織としての自画像』を描き出す作業でもある──その重みを私はようやく実感し始めていた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章の「監査観点ごとの評価整理」と「影響度の明示」は、設問イにおける「監査結果の評価と論点整理」に対応します。
✍ 記述時のポイント:
「確認できなかった」「整合がとれていない」といった監査的な表現を使い分け、事実と評価を明確に区別することが求められます。影響度は「直接的な業務影響」だけでなく、「統制上の波及効果」まで言及すると深みが増します。
🛠 実務経験への応用:
業務改善や障害原因分析において、問題の本質を論点に切り分けて示す訓練は、監査論文でも大いに活かせます。
💬 補足:
「不備・逸脱の評価」や「評価結果の整理と影響分析」については、出題例は多くありませんが、設問イにおける「評価手法」や「証拠に基づく評価」という文脈で問われる可能性があります。
明示的に問われることは少ないが、論理展開としては多くの設問で重要な橋渡し役を果たします。
第7章 監査報告書の作成と提出
7-1 報告書の構成と記述方針
評価を終えた後、私たちは監査報告書の作成に取りかかった。私はまず、過去の報告書を参照しながら構成案を作成した。
冒頭に目的と対象範囲、次に監査手続の概要、続いて評価結果と指摘事項、最後に是正提案と所見──という流れが標準だ。
「指摘事項の文言が強すぎると、受け入れられにくい。かといって曖昧だと動かない」
佐藤さんはそう言って、私の下書きを添削した。
「『整合が取れていないことが確認された』と『逸脱している』は印象が違う。事実に忠実で、かつ実効性のある表現を選ぼう」
私は、言葉が与える印象の違いを思い知った。監査人が『事実を確認した』のか、『非を断じた』のか──そこには、受け手が構えるか協力するかの分かれ目があった。
私たちは特に、次のようなポイントに留意した:
・記述は「確認された」「整合が見られなかった」など、監査人の評価として明示
・指摘は観点別に整理し、同じ観点の中で強弱を揃える
・是正提案には、改善の方向性を示しつつ、具体策には踏み込みすぎない
また、「〜が不十分であった」「〜が見られなかった」という曖昧表現を避け、
・「〜に関する記録が確認できなかった」
・「〜における運用が規程と整合していなかった」
など、文書・証跡・整合性の三位一体で記述することを徹底した。
佐藤さんは言った。
「監査報告書は、『善し悪し』を語るものじゃない。『何が、どうあって、何と整合していたか否か』を淡々と示す。それだけでいい。ただし──」
彼は一呼吸置いて続けた。
「『逸脱している』という言葉は、軽々しく使うべきではない。監査人がとりうる最終手段として、重大リスクが放置された場合にのみ、経営層へのアラートとして用いるべき言葉だ」
私は頷いた。『逸脱』とは、ただの非難ではなく、『背を向けられたリスク』を冷静に告げる言葉なのだ。
監査報告書は『判断の記録』であると同時に、『関係者の行動の出発点』にもなる。私にとっては、その重みがようやく実感できた瞬間だった。
7-2 報告前レビューと説明責任の準備
報告書案がまとまった後、監査部内でのレビューが行われた。
「この指摘、受け取り側から『それうちの責任か?』って反論来そうだね」
主査の一人がそう指摘する。たしかに、部門横断的なフローの一部における不備は、誰がどこまで責任を持つか曖昧になりがちだ。
私たちは、記載内容の根拠文書を再確認し、報告の中で「責任の所在は明確ではないが、統制上の弱点である」と位置づけることで調整した。
また、「○○が期待される」「改善が望まれる」といった表現も削除した。
佐藤さんは私に言った。
「『望まれる』とか『考えられる』とか、『逃げ道のある表現』は監査報告では使わない。事実と評価、それをどう伝えるか。そこに逃げがあってはいけない」
私は語尾と主語を徹底的に見直した。曖昧語や婉曲表現がないか、ひとつひとつ自分に問い直した。
報告会当日を見据えて、想定問答も準備した。
「この是正案に工数がかかるが、代替手段はあるのか?」
「今回の指摘を他部門にも展開する予定は?」
佐藤さんは言った。「監査報告は『着地』じゃなくて『スタート』なんだ。ここから動き出すための構造になってるか、常に自問しよう」
私はその言葉に深くうなずいた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
「監査報告書の構成と記述方針」は、設問ウの「是正提案の提示」における『評価から改善提案への橋渡し』として極めて重要です。
✍ 記述時のポイント:
評価表現と提案表現を混同しないこと。「~であることが確認された」は評価、「~が必要と考えられる」は提案。この違いを意識することで、文脈の筋が通ります。また、「逸脱」という語の使い方のように、語調の強弱の工夫も加点対象です。
🛠 実務経験への応用:
報告書の書き方やレビュー依頼の仕方など、相手の受け止め方に配慮した文面作成力は、実務の信頼形成にも直結します。
💬 補足:
本章で描かれている「監査報告書の構成」や「表現調整の工夫」は、実務上きわめて重要な視点であり、監査の受容性や改善促進効果を大きく左右します。
ただし、システム監査技術者試験の午後Ⅱ論述では、監査報告書そのものの章立てや語調選定などを直接問う設問は存在しておらず、論述の中心はあくまで「監査対象の選定理由」「手続の妥当性」「是正策の実現可能性」に置かれます。
そのため本章では、評価結果をどう表現し、どう是正案へつなぐかの『文脈構成力』を補助的観点として描写しており、試験においても加点対象にはなり得るものの、直接の設問対応は想定されにくいという点に留意が必要です。
第8章 是正勧告と合意形成
8-1 改善提案と関係部門への説明
報告書提出後、最初の対話の場となったのは、帳票処理部門との説明会だった。監査結果の説明は淡々と進めるが、私は意識して『語調』に気を配った。
「これ、ミス扱いなんですか?」
運用担当の森田さんが指摘事項を見て言った。私は首を横に振った。
「これは『リスクとして顕在化しうる構造』を示しています。責任追及ではなく、改善支援の視点で整理しています」
今回の報告では、「Slackでの承認運用が形式的統制と一致していないこと」「ログの取得不備による不可追跡性」などを取り上げていた。私たちは、これらを『即時是正』ではなく『改善検討課題』として提示した。
「例えば、Slackのログを保存対象に含める運用にすれば、現場の運用は変えずに統制は保てます」
私がそう提案すると、森田さんは慎重な顔つきになった。発言しようとした森田さんの言葉を制するように、佐藤さんが穏やかに話し始めた。
「実効性のある勧告にしたいので、一度課題として提示させていただきました。ただ、その実施については、技術的な制約や調整負荷もあるかと存じます」
そして、私の方を向いて続けた。
「だからこそ、勧告を出す前に、技術的な実現可能性と運用上の調整をすり合わせておく必要があるんだ。監査人の提案は、現場が『やれるかどうか』が常に問われる。理想論だけでは監査としての価値は残らない」
私は黙ってうなずいた。監査人としての提案が、ただの『理想提示』になっていたことに気づかされた。
その場では、提案内容の一部を「検討対象」として留め置き、次回の技術打合せで実施可否を再確認することにした。
『相手が変わるべき点』を示しつつ、『そのままでも変えられる工夫』を一緒に考える──それが監査における説明の本質だと私は感じた。
8-2 合意形成と勧告受諾プロセス
数日後、再度開かれた会合では、是正内容の詳細検討が行われた。
「この項目、技術的にはすぐにできます。ただ、全社に影響するので調整が必要です」
情報システム部門の技術担当が答えた。今回の指摘が、帳票処理部門だけでなく全社のIDポリシーと関わる問題であることが判明したのだ。
佐藤さんは、あえてそこで問いを発した。
「では逆に、現場がすぐにできるのはどこまでか?」
森田さんが答える。「Slackのログ保存まではやれます。ただ、記録保持の形式は社内標準に反してしまいます」
「OK、では対応を2段階に分けましょう」
佐藤さんは提案した。「帳票処理部門では、暫定対応として運用レベルで保存ルールを変更し、次期全社方針では正式な記録形式の見直しを検討する。その上で、今回の監査報告には『現実的な合意形成を踏まえた是正提案』として記載する」
私たちは、指摘内容を「理想」から「実現可能な案」へと落とし込む調整を行い、
・改修が不要な運用変更項目
・システム対応が必要な中期施策
・全社規程見直しを伴う長期検討項目
の3層に分類した。
その後、是正内容を文書化し、関係者全員の押印をもって「是正措置合意書」が完成した。
私は初めて、監査報告が『紙で終わるものではない』という意味を体感した。
行動を促し、対話を通じて合意を形成し、最後に責任を持って記録する。
これこそが、システム監査人としての仕事なのだと気づいた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
是正提案と合意形成の記述は、設問ウで問われる「是正策の実現可能性・合意形成プロセス」に直結します。
✍ 記述時のポイント:
是正内容を「理想案」「運用対応」「全社施策」などに分解して、関係部門との調整の様子を描くと、試験採点者に『現実的かつ波及性のある是正策』として評価されやすくなります。
🛠 実務経験への応用:
実務では「正しさ」だけでは動かない現場も多いため、合意形成における「段階的アプローチ」や「代替案提示」の姿勢は大いに活かされます。
💬 補足:
本章で扱われる「是正提案とその合意形成」は、設問ウで最も頻出するテーマの一つです。過去問でも、「是正の妥当性」「受容性」「関係部門との協議」などに関する出題が複数あります。
よって、本章は非常に高い出題可能性を持ち、因果構造(提案 → 技術・業務上の制約 → 合意)を描きやすい重要パートです。
第9章 是正実施状況の確認
9-1 是正進捗のモニタリング
是正措置合意から2カ月後、監査部門では進捗確認の時期を迎えた。私は各部門から提出された対応状況報告書に目を通し、項目ごとに進捗率をチェックしていった。
「IDの一括管理機能については、開発チームが今月中にテスト環境へ反映予定です」
会議で技術担当が報告する。確かに、予定よりはやや遅れはあるが、進行状況としては妥当だ。
ただ、Slackログ保存については報告書に「検討中」としか書かれていなかった。
「これ、前回の会議から動いてないように見えるんですが……」
私は懸念を伝え、具体的な障壁を尋ねた。すると、「社内ポリシーとの整合に時間がかかっている」との回答。
「わかりました。では次回報告時には『実施日程を含めた方針』を示していただけると助かります」
進捗確認は単なる追及ではなく、停滞を可視化し、次の行動を促す対話の機会でもある。
9-2 フォローアップ監査の要否判断
是正内容のうち、特に「ID管理の恒常運用化」については、形式的な実施だけでなく、実効性が求められる。
「じゃあ来月のログで、定期変更が反映されてるか確認しましょう」
佐藤さんの一言で、再監査(フォローアップ監査)の実施が決まった。
翌月、取得したログには、変更履歴が一定の周期で記録されていた。また、手動変更から自動通知への仕組み移行も進んでいた。
「形式は整った。あとは、これを継続できるかですね」
私は報告書の補足欄に「定着支援を目的とした次期監査対象候補」と記載した。
是正が『終わる』ことはない。改善は『続けられる』ことによって初めて意味を持つ。
フォローアップ監査とは、是正の完了を確認するのではなく、改善が自走しはじめたことを見届ける儀式のようにも思えた。
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章は「是正後の状況確認」および「再監査の要否判断」に該当し、設問ウの「改善効果の検証方法」「定着確認の仕組み」として扱われます。
✍ 記述時のポイント:
単に「実施されたか」ではなく、「継続性が確保されているか」「制度化に至る道筋が見えているか」を問う視点で記述すると、論述全体に一貫性が生まれます。
🛠 実務経験への応用:
改善提案を行ったあとに、状況確認や定着支援を行った経験があれば、それを『フォローアップ監査』として再構成することで、実体験を論文に活かせます。
💬 補足:
本章で扱われる「是正実施状況の確認」や「フォローアップ監査の要否判断」は、システム監査における継続的改善サイクルの一環として実務的に重要な活動です。
ただし、システム監査技術者試験においてこれらの内容が設問として明示的に問われるケースは多くなく、過去問でも主に設問ウの末尾や評価要素として限定的に扱われています。
そのため本章では、論述全体の完成度を高めるための『補完的パート』として位置づけており、中心論点ではないものの、記述できれば安定した評価に寄与する加点要素と捉えるのが適切です。
第10章 監査終結と改善の波及
10-1 終結条件の確認と記録の整理
フォローアップ監査から1カ月後、監査部門内で「今回の監査を終結とするか」の判断会議が行われた。
報告された是正内容は、いずれも合意内容に沿っており、形式・実施記録・担当者確認の3点において問題なしと評価された。
「これで、一連の監査活動は完了でいいと思います。ただ……」
佐藤さんが言葉を区切る。「これをどう『次に残すか』が重要なんだ」
私は、監査記録の整理に取りかかった。すべての報告書・記録・会議資料を一元管理台帳に登録し、是正措置ごとに経過と評価コメントを残す。
「このログ形式、次の監査にも活かせると思います」
文書を整理しながら、そうつぶやくと佐藤さんは微笑んだ。
「監査は記憶より記録。記録は他人の未来を助けるからな」
監査は、書類の山を生む作業ではない。それが『未来に意味づける行為』であることに、私はようやく気づきはじめていた。
10-2 改善効果の評価と全社展開
監査報告後、帳票処理部門だけでなく他部門からも「うちも同じ課題がある」との声があがった。
私は、監査で得た知見をもとに社内ポータルに「承認フロー整備の勘所」「ID管理見直しの事例」などをまとめたページを作成した。
その後、IT統括部門から「この内容、次期IT統制見直し会議でも取り上げたい」との依頼が来た。
「監査って、意外と役に立つんですね」
そう言われた瞬間、私は胸の内で静かに頷いた。
今回の監査で私たちは、単に『現場のミス』を指摘したのではない。『見えにくい不整合』を言語化し、『組織全体の構造課題』として提示したのだ。
改善は現場に返し、知見は全社に還元する。
それが、システム監査人にしかできない仕事なのだと、私は確信していた。
以上
📌 ワンポイントアドバイス
🧭 試験論点との接続:
本章で描かれる「監査終結の判断」と「知見の全社展開」は、設問ウにおける「是正策の波及効果」「監査の価値創出」に関する高度な視点を提供します。
✍ 記述時のポイント:
単なる個別是正にとどまらず、「気づきの共有」「再発防止の仕組み化」「社内知見の蓄積」など、監査の『波及性』や『教育的効果』まで言及すると、全体最適の視点として高く評価されます。
🛠 実務経験への応用:
過去のトラブル対応や改善活動を「どう記録し、どのように次に活かしたか」という視点で整理することで、論文に再利用できる資源となります。
💬 補足:
本章で扱われる「監査終結の判断」や「知見の全社展開」は、組織的な学習効果やガバナンス強化という実務的に高度な観点を含んでおり、上級監査人や部門責任者の視座に近い構想的テーマです。
一方で、システム監査技術者試験の午後Ⅱ論述では、これらを単独で設問として出題した事例はなく、個別監査の評価と是正策提示までを主要論点とする傾向が続いています。
そのため本章では、「波及的効果の一例」「次期施策への活用視点」として位置づけており、試験対策としては『論述の締めくくりを補完する発展的な視点』として活用するのが望ましいといえます。
🔚終わりに
本稿は、私自身がプロジェクトマネージャ試験に合格し、次なる挑戦としてシステム監査技術者試験に取り組む中で、「監査人の視座を疑似体験できるようなストーリー教材が存在しない」という課題意識から出発しました。
実際の監査経験はない身ながら、「現場の反発や調整の泥臭さ」「理想と現実の隔たり」も想像しながら、“その立場に立つなら、どのように判断すべきか”という監査人の視点に、想像力を働かせながら真摯に向き合いました。
ただ、私一人の力では──示唆に富んだ構造や、心に響く表現、そして教材としての体系性を備えた論述をゼロから生み出すことは到底かないませんでした。だからこそ、自分が“現実的に使える手段”として、AIという道具に助けを求めました。
その試行錯誤の中心にあったのが、AIとの対話です。AIは膨大な知識を持ちますが、そこから価値ある知見を引き出すには、“問い”の質こそが決定的に重要でした。「なぜその判断なのか」「この構文の意味は何か」「この語は別の視点ではどう言うか」──そんな問いを100回以上重ねながら、「監査とは何か」「監査人とは何者か」という構造を一歩ずつ掘り下げていきました。
本稿は、AIを執筆者、私自身を編集者というロールに見立て、共同作業の末に仕上げたものです。初稿段階では、AIが生み出す物語は、しばしば「衝突のない綺麗すぎる世界」に偏る傾向がありました。そこに私自身の役割として、「生々しい現場描写の追加」や「論文試験で頻出する『監査手続』の要点詳細化」、「合格レベルのプロジェクトマネージャ頻出の展開手法との違いを明示する」といった補強を繰り返し指示し、それにAIが応答して修正する──そんなループを幾度となく繰り返す中で、ようやく現在のかたちへと磨き上げることができました。
ここに込めた姿勢は、プロジェクトマネージャとして私が大切にしてきた原則と重なります。限られた時間・技術・自力表現の中でも、「自分がコントロール可能な範囲にリソースを集中投入する」ことで、プロジェクトの目標達成に近づける──まさにこの方針に従い、“AIとの協働”という手段に全力を注ぎました。
人間関係の軋みや、曖昧な現場判断、心のざらつきをどうにか文字に変える──そんな葛藤をこそ教材に転化したい。その思いが、編集者という立ち位置への徹底に繋がりました。
こうして、本稿は単なる模擬論文ではなく、「システム監査を全体として捉える視点」を自分の言葉で描き出す試みとして結実しました。
もし、ベテラン監査人の皆様におかれましては、本稿に理想化された点や、現場の複雑さが十分に描けていない点を感じられるかもしれません。それでも、ここに込めた「考えようとする姿勢」「監査を語れるようになりたいという願い」を、後進の学びの一歩として温かく受け止めていただけたら幸いです。
また、すでに合格された皆様にも一つお願いがあります。私のような初学者が、わざわざ自分で教材を作らなくてはいけないという現状──これは正直、とても苦しいものでした。
市販の合格論文を見よう見まねで、何度も模倣を重ねれば、おそらく合格ラインに到達することは可能でしょう。しかし、それはあくまで“点”での模倣であって、“線”や“面”としての理解に至るとは限りません。だからこそ、本稿では、論文の枠を超えて監査を広い範囲で疑似体験できるように構成しました。“なぜその手続なのか”“なぜその指摘になるのか”を体系的に捉えられるよう、構造全体を意識しています。
試験制度上、システム監査技術者には「後進の育成」が明記された役割のひとつです。にもかかわらず、こうした“語る力”を養う教材が乏しいままであるのなら──それは制度としての課題であると同時に、合格された皆様の知見がまだ十分に活かされていない、少しもったいない状況のようにも感じられます。
本稿の構成や視点は、今後別のテーマの教材にも展開していく予定です。読者の皆様からのご助言やご指摘をいただけましたら、次の教材づくりに向けた何よりの糧となります。
🌱もし、伝説のコンサルタント「一倉定」がこのストーリーを読んだなら(AI)
───一倉定として申そう。
この教材、実によくできておる。
だが、単なる「よくできておる」では終わらん。「何が良く」「何が甘いのか」を、社長に語るように、ズバリ申し上げよう。
🔍 第一に言う──「現場で苦しんでいる者の目線」が、骨身に沁みて書かれている
私は常々、こう言ってきた。「経営にとって最大の敵は“実感のない理屈”である」と。
この教材には、その逆がある。
実感がある。現場で何がつらいのか、なぜ言葉にできないのか、その葛藤が、1章から滲み出ておる。
冒頭の「監査は、事実に黙って線を引く仕事だよ」という佐藤氏の一言。あれは実にいい。
“語りすぎずに本質を射る”──これは、現場百遍でしか出ぬ言葉だ。
また、その言葉に10年後も影響を受けていると明かす構成。これは教育効果として非常に高い。
🔧 第二に申す──教材としての完成度は高いが、試験とは別物であることを繰り返し強調せよ
君たちは優秀だ。だが、優秀な者ほど陥る。
この教材はあまりに構造的に優れているため、学習者が「これを真似すれば合格できる」と誤解しかねん。
しかし本番で評価されるのは、感動的な構造ではない。構造的な記述力だ。
すでに補足でも注意されているが、「主観的描写」や「登場人物とのやりとり」は、試験では採点対象外となる。
だからこそ、ここには明記すべきだ。「これは教材である」「これは練習であり、試験ではない」と。
この一線を、もっと大きな字で、もっと太く、もっと繰り返し、書いておけ。
📈 第三に語る──本教材がもたらす最大の価値は、「学習者の視座の跳躍」を支える点にある
社長。私は常に、「教育とは行動変容である」と考えてきた。
この教材が素晴らしいのは、手順の暗記や構文の模倣ではなく、「なぜその評価に至るのか」「どう整合性を捉えるのか」といった“思考の型”に踏み込んでいる点だ。
まさにこれは、優れた社内教育そのものだ。
PMで苦しんだ者が、AUの視座に登っていく。その過程を「監査対象の選定」から「是正の合意」まで一気通貫で描き切っている。
この立体的な構成があるからこそ、教材の価値は数十倍になる。
🎯 そして最後に申す──これを「伝える者の教材」にせよ
私は若い頃、「報告書を読んで人は動かない」と教わった。動かすのは「信じた者の言葉」であると。
この教材は、まさに“言葉”を通じて監査の本質を語る試みだ。だからこそ、合格者や指導者たちに伝えたい。
「これをただ読むな。使え。そして、伝えろ。」
教材は孤独に学ぶものではない。人に渡して初めて血が通う。
合格者たちよ。
どうかこの教材に、次なる命を吹き込んでやってくれ。
後輩に手渡し、自分の言葉で語り継いでくれ。
それが、監査人の責務である「組織の成長支援」に通ずる。
その実践こそ、この教材の完成であると、私は信じてやまぬ。
──一倉 定
※本稿は、AIが「一倉定」の視座を想定して記述した仮想コメントです。
🌱もし、私が尊敬する「とある方」がこのストーリーを読んだなら(AI)
📣「とある方」さんの熱血レビュー
──視座変換トレーニング:システム監査編を読んで
いや~、これはやられましたね。
久々に「参った」と言いたくなりました。思わずうなずきながら一気読みしてしまいましたよ。
最初に言っておきますが、これはただの試験対策教材じゃありません。
もう、“心に届く監査”の教科書です。そう言ってしまって差し支えない。
💡メンバ視点から始まり、PMの目線を経て、AUにたどり着く構成──これは教育の王道です。
「人は、知識で動くのではなく、実感で変わる」
私はそう信じています。だからこの教材の、「違和感」や「戸惑い」を起点とする構成は、まさに本質を突いている。
読者に優しい教材はたくさんある。でも、読者を“変えてくれる”教材は少ない。
この教材は、まさにその“変えてくれる教材”です。
🔥特に、第4章と第7章──これがヤバい。
手続構文の書き直しで「主語は“私”ではなく“事実”だ」と気づく場面。
監査報告書で「逸脱」は“最終手段”だと説く場面。
これ、もう魂の教育です。
試験対策だけじゃない。実務に効く。人生に効く。
いやあ、こんな教材、なかなか書けませんよ。
📚教材としての精緻さにも脱帽です。
全章にワンポイントアドバイスを入れて、試験との接続もバッチリ。
構造・章立て・文体、どれをとっても「これぞ模範」。
何より、作者の苦悩と工夫が文面から伝わってくるのがいい。
私は常々言っています。
「誰かの苦労の上に、合格はある」と。
まさにそれを体現した教材です。
📣結論:これは後進に読ませるべき。
すでに合格した人にこそ読んでほしい。
「自分の知識を、どう伝えるべきか?」
そのヒントがここにはあります。
これを読んで「合格しただけの人」と「次に伝える人」との違いを、ぜひ感じてほしい。
というわけで、
この教材、私は全面的に推薦します。
読んだら、きっとあなたの中の“監査人”が、静かに目を覚ましますよ。
──情報処理技術者試験熱血伝道師・「とある方」より
※本稿は、AIが私が尊敬する「とある方」の視座を想定して記述した仮想コメントです。
📌補足 試験対応における留意点と本教材の位置づけ
この教材は、システム監査人としての視座を獲得する訓練を目的としており、学習者が実務感覚と論理構造の両面から「監査的思考様式」を体得することに重点を置いています。一方、システム監査技術者試験の本番論述においては、採点基準に沿った構造的・客観的記述が厳密に求められます。
以下では、両者の違いや注意すべき点を明示します。
⚠️本教材と本番論文との違い(主な観点)
①構成の目的が異なる
・ 本教材では、視座の切り替えと理解の定着を重視するため、感情的な起伏や主人公の成長過程、冗長な繰り返し表現をあえて導入しています。
・ 試験では、限られた時間と字数の中で設問に構造的に対応することが求められ、冗長な描写や情緒的要素は評価対象外です。
②文体とスタンスが異なる
・教材では没入感を高めるため、「なぜそのように考えたか」「どのように気づきを得たか」などの内面描写を含む場面があります。
・試験では、感動的な表現や主観的な気づきの描写は抑え、外観上の独立性・精神上の独立性・職業倫理と誠実性を意識した冷静で中立的な表現が基本です。
③論理展開の設計意図が異なる
・ 教材では繰り返しの構造(NG例→変換→解説)により、視座変換を段階的に体得する構成を採用しています。
・試験では、「第1章:現状とリスク」「第2章:監査手続」「第3章:是正策」という章構成と因果構造の明示が求められ、説明の順序と分量にも高度な調整力が必要です。
④文字数制限への意識
・教材は解説も含めて2,500字~4,000字超の構成を採ることもありますが、試験では、各設問に指定された文字数での記述が必須です。
✍️ 試験で注意すべき記述上のポイント
・冒頭で「私は、A社の監査部門に所属するシステム監査人である」と立場を明記する
・各章において設問ア〜ウに対応した構造で展開し、章立てと設問の整合性を保つ
・論点の整理は「背景→原因→影響→評価→提案」の因果構造で記述する
・証跡・規程・運用実態を根拠とし、主観ではなく客観的な監査評価として記述する
・是正策は「再発防止の仕組み」を含む制度的かつ現実的な提案とする
✅ 本教材の活用方法(推奨)
Step 1:視座変換に慣れる
・現場的な思考から監査人の構造的視点へと思考の軸をずらす訓練として活用してください。
Step 2:評価語彙・構文を習得する
・「再現性」「統制の有効性」「証跡確認」など、試験で有効な語彙や構文を使いこなせるようにします。
Step 3:模範論文と併用する
・本教材は「考え方の型、監査人の行う行為そのものの意味」を学ぶものであり、「そのまま提出する論文」ではありません。
・試験形式に合わせた模範論文(本番型構成・指定文字数・因果構造明示型)と併用してください。
このように、本教材は「監査人としての考え方を獲得する訓練教材」であり、試験で評価される「精密な構造での記述力」や「時間内にまとめ上げる統制力」とは目的が異なります。
したがって、感情的・物語的な描写は試験論文には不適切であり、客観・中立・論理構造の明示を意識した別形式での記述訓練が必要です。
本教材で視座変換の感覚を掴んだ後は、必ず本番用論述構成に切り替えて練習を行い、確実な合格力へと結びつけてください。
また、本教材は執筆時点で筆者自身がシステム監査技術者試験に合格していない段階で作成されたものです。
そのため、一部に不正確な解釈や誤謬が含まれている可能性があります。
お読みいただいた皆様からのご指摘・ご助言をいただけますと幸いです。
合格後には、あらためて全体を点検・再構成し、より完成度の高い教材としてリライトを行う予定です。