【PM-R06-Q1】「不思議の国のアリス」に学ぶ、予測型プロジェクトのコストマネジメント

🍀概要

　『不思議の国のアリス』を題材に、計画が理屈通りに進まない“幻想的かつ理不尽な環境”において、プロジェクトマネージャが不確かさを可視化し、関係者と対話しながら予測活動と再見積りを行い、予算を現実とすり合わせる姿を論じます。

🧾問題・設問（PM-R06-Q1）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 令和6年 午後2 問1

📘問題

■タイトル
　予測型のシステム開発プロジェクトにおけるコストのマネジメントについて
■内容
　予測型のシステム開発プロジェクトでは，将来に対する予測に基づきプロジェクト計画を作成するが，システム開発に影響する事業改革の進め方が未定，新たに適用するデジタル技術の効果が不明などといった，正確な予測を妨げる要因(以下,不確かさという)が存在するプロジェクトもある。このようなプロジェクトでは，予測の精度を上げる活動(以下，予測活動という)を計画して，実行する必要がある。
　不確かさは，コストの見積りにも影響を与える。したがって，予算を含むステークホルダのコストに関する要求事項を確認した上で，不確かさがコストの見積りに与える影響についての認識をステークホルダと共有して，コストの見積りに関わる予測活動を計画し，実行することによって，コストをマネジメントする必要がある。
　計画段階では，予測活動の内容，コストの再見積りのタイミングを決める条件，予測活動における役割分担などのステークホルダとの協力の内容，及び再見積りしたコストと予算との差異への対応方針を，ステークホルダと合意する。
　実行段階では，ステークホルダと協力して予測活動を行う。そして，予測精度の向上を考慮した適切なタイミングで再見積りし，再見積りしたコストと予算との差異に対して，対応方針に沿って予算の見直しやコスト削減などの対応策を作成し，ステークホルダに報告して承認を得る。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わった予測型のシステム開発プロジェクトにおける，予算を含むステークホルダのコストに関する要求事項,不確かさ及び不確かさがコストの見積りに与える影響，影響についての認識をステークホルダと共有するために実施したことについて，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べた不確かさに関して，計画段階でステークホルダと合意した，予測活動の内容，コストの再見積りのタイミングを決める条件，予測活動におけるステークホルダとの協力の内容，及び再見積りしたコストと予算との差異への対応方針について，800字以上1,600字以内で具体的に述べよ。
■設問ウ
　実行段階での，予測精度の向上を考慮して実施した再見積りのタイミング，再見積りしたコストと予算との差異の内容，及びステークホルダに報告して承認を得た差異への対応策について，600字以上1,200字以内で具体的に述べよ。

📚原作あらすじ（不思議の国のアリス〈ルイス・キャロル著〉）

　『不思議の国のアリス』は、白ウサギを追って穴に落ちた少女アリスが、時間の狂った帽子屋の茶会や、意味不明なトランプの裁判など、常識の通じない幻想世界を旅する物語である。言葉遊びと論理の転倒に満ちたこの世界で、アリスは成長と自我を模索しながら、やがて元の世界に戻っていく。

📝論文

🪄タイトル　「不思議の国のアリス」に学ぶ、不確かさの森を越えて進む予算の地図づくり

　本稿は、予測型の仕組みづくりにおいて、不確かさを乗り越え、予算と現実をすり合わせる工夫について、述べる。

🔍第1章　ステークホルダのコストに関する要求事項と不確かさの共有

1-1　プロジェクトの概要とステークホルダのコストに関する要求事項

　私が任されたのは、「帽子屋の茶会」で使う時計仕掛けの給仕道具をつくるという、風変わりな仕事だった。依頼主は白ウサギ。遅刻常習犯である彼は、時間通りにお茶会を開くための仕掛けを求めていた。 「時間通りに動いてくれるなら、金貨百枚までなら出そう。ただし、余分な手間は払いたくない」
　つまり費用の上限は厳格で、見た目や動作の滑らかさにも配慮が必要だった。女王陛下からも「時間に遅れる者は、首を刎ねよ」と脅されていたため、緊張感のあるプロジェクトだった。

1-2　プロジェクトにおける不確かさの内容とコスト見積りへの影響

　この仕組みには大きく二つの不確かさが存在していた。ひとつは「茶会のしきたり変更」が検討されていたこと。もうひとつは「喋る時計」の技術を初めて導入する点である。前者は設計変更の頻度を増やし、後者は精度や耐久性に不明点が多く、見積りに不確定要素が多く含まれていた。
　私は初期見積りを作成したが、最終的な工数や材料費の見通しに自信が持てなかった。これを正直に伝えねば、信頼を損なうと判断した。

1-3　不確かさに関する認識をステークホルダと共有するために実施したこと

　私は茶会の流れや仕掛けの動き、不確かさが影響する部分を示す絵地図を作成し、白ウサギと「未来の見通し会議」を開いた。
「アリス、私はどこまで分かっていて、どこから分からないの？」と彼が問うたとき、私は地図を指して答えた。
「ここはしきたり次第、ここは喋る時計の性格しだい。でもこの範囲なら責任を持てるわ」
　こうした対話を通じ、彼も不確かさの存在を受け入れ、慎重な姿勢に変化した。また、「上下限見積り案」や「分岐条件つき契約」も提示し、後の柔軟な対応が可能な形を整えた。

🛠️第2章　計画段階でステークホルダと合意した予測活動とコスト対応方針

2-1　予測活動の内容と目的

　私は、不確かさの正体を少しでも明らかにするため、三つの予測活動を企画した。
　第一に、「しきたり観察月間」と称し、過去五回分の茶会の記録を読み込み、変化の傾向を分類した。
　第二に、「喋る時計」の試作品を三体製作し、それぞれ異なる気性を持つよう調整した。これにより、制御しやすさや必要な仕掛けの複雑度を測った。
　第三に、「評価者ごっこ」と称し、帽子屋や三月ウサギに実際に給仕道具を試してもらい、見た目や音に対する反応を記録した。
　これらは単なる好奇心ではなく、確かな設計根拠を得て、後の見積りを精緻化することを狙った活動である。
　また、森の中で出会った芋虫に相談し、「時間の味」や「沈黙の匂い」など、幻想世界特有の感覚値も反映した予測を試みた。芋虫は煙の輪をくゆらせながら、「それは測れぬものではない。感じるのだよ」と言った。その言葉に私は、仕組みの理屈だけでなく、体感や情緒も大切にせねばと気づかされた。

2-2　再見積りのタイミングを決める条件とステークホルダとの協力内容

　私は白ウサギと話し合い、以下の三条件のいずれかが満たされたときに再見積りを行うことで合意した。
①茶会のしきたりが確定したとき
②喋る時計の一体目が予定どおりに喋ったとき
③予備費の消費が50%を超えたとき
　これらは「行けるかどうかの分かれ道」として地図にも記し、誰が見ても判断できるようにした。
　また、再見積りの実施にあたっては、帽子屋が材料費を、白ウサギが作業日数を、私が設計変更を検討するという分担を定め、情報の偏りを防いだ。
　さらに私は、トランプ兵たちを動員して「笑わない猫調査隊」を結成し、想定外のしきたり変更の兆候を見張らせた。チェシャ猫の気配が強まるとき、不意なひらめきや命令が下される傾向があり、それがコストに跳ね返るからである。
　それでも私は、この国の「ルールがルールでなくなる瞬間」の存在に、次第に戦慄を覚えるようになった。たとえば、王妃が「ティーカップの底が白でなければならぬ！」と叫んだことで、全品再塗装となった件など、説明も予測も無意味に思える瞬間があった。さらには、帽子屋が『ティーカップの泡の並びが違う！』と主張し、泡の配置を巡って数時間の議論が勃発。結果的に、その日の製造ラインが完全に停止するという、理解しがたいコスト増も発生した。

2-3　再見積りと予算差異への対応方針

　再見積りの結果、喋る時計の仕掛けに追加の羽根車と潤滑油が必要になり、全体コストが初期見積りを15%上回る可能性が出てきた。
　私はこの差異に対応するため、三つの策を用意した。
①帽子屋に交渉し、部品の一部を「お古の帽子枠」から流用してもらう
②喋る機能を一部制限し、「はい」「いいえ」だけに絞ることで、制御負担を軽減
③予備費の再配分を提案し、見栄えに関する費用を5%削減
　これらを「優先度見直し提案書」にまとめ、白ウサギに示したところ、彼は少し口をとがらせながらも言った。
「確かに見栄えは大事だけど、首が飛ぶよりマシだな」
　こうして、彼の承認を得て、計画は次の段階へと進んだ。

🚧第3章　実行段階での再見積りと差異への対応策

3-1　予測精度の向上を考慮した再見積りのタイミング

　プロジェクト中盤、喋る時計の一体目が成功し、しかも驚くほど機嫌が良かったことで、私は「制御性は良好」と判断し、第一の分かれ道で再見積りを行った。
　ただ、その直前に、女王陛下が「茶会にはバラの香りを添えよ」と通達してきたため、香り機能の追加も急きょ必要となった。これが第二の再見積りのきっかけとなった。
　さらに夜明け前、空を横切ったピンクのフラミンゴが三回鳴いたとき、森の風向きが変わった。それはこの国において「予想外の転換」の兆しとされる。私はその合図を受け取り、香り装置の素材調達先が変更される可能性を考慮した。
　もはや私は、「何を基準に判断すればいいのか」自問するようになっていた。時刻表も逆転し、会議の通知が「昨日の昼に、来週の朝のことを一昨日のつもりで報告すべし」と言われたとき、私は言葉を失った。

3-2　再見積りしたコストと予算との差異の内容

　一度目の再見積りでは、喋る時計関連の費用増が主で、予定比+12%。二度目の再見積りでは、香り機能の追加により+8%。結果、予算上限まで残り5%という厳しい状況に。
　香り装置には、夢見草のエキスが必要であったが、その年はチェシャ猫が寝床にしていたため採取が困難だった。香りを諦めれば簡単だったが、それでは茶会が「正気でなくなる」と帽子屋が主張し、私は苦渋の決断を迫られた。
　「常識に従っては、常識に裏切られる」。そんな諦観が私の中に芽生えはじめていた。

3-3　ステークホルダに報告して承認を得た差異への対応策

　私は「状況地図第2版」を作成し、どこで何が追加されたのか、費用がどれだけ膨らんだのかを示したうえで、以下の3つの策を提示した。
①香りの機能は「持続型」ではなく「一回噴霧」に切り替える
②予備の喋る時計を一体削減
③私自身の設計報酬を5%返上
　白ウサギは目を丸くして言った。
「そこまでやるのかい、アリス」
　私は答えた。
「首が飛ぶのも、予算が吹っ飛ぶのも避けたいからね」
　こうして承認を得たが、私はなおも不安だった。成果が得られたとて、この国のルールは次の瞬間には裏返るかもしれない。だが、せめて今この時だけは、道理が通ったという事実を刻みたいと思った。
　以上

💡ワンポイント補足

　アリスの物語世界には、“不確かさ”“矛盾”“理不尽”といった要素が散りばめられており、これらは予測型プロジェクトにおける要件変動や技術リスクの象徴として活用されています。本論文では、そうした不確かさを「喋る時計」「茶会のしきたり」「王妃の命令」などに置き換え、PMがそれらをどう可視化し、合意形成や再見積りによって乗り越えるかを描いています。アリスが“感じること”を通じて状況を理解していく過程は、感覚や直感を含めた現場対応力の重要性を象徴しています。

🎓講評コメント（AI評価）

　──ああ、これは「混沌の国で論理を貫いた論文」だ。
　まず第1章、予算や不確かさの“理不尽さ”がアリスの世界観に巧みに溶け込んでいる。普通なら「論点がぼやける」と危ぶまれがちな構成だが、白ウサギの遅刻癖、女王の理不尽、そして“喋る時計”という未知技術を「不確かさの三位一体」として据えたのが巧みだったな。「分かる範囲を地図にした」という表現も、説明責任を果たすPMの姿勢として見事だ。
　第2章では、ただの幻想で終わらせない努力が光る。しきたり観察・試作品の多様性・情緒的評価──これらを“予測活動”と明示した上で、芋虫の言葉に触れて「測れぬものへの姿勢」まで描いている。あの一節は、まさに“定量と定性のはざまに立つPMの葛藤”だ。しかもチェシャ猫や泡の配置まで動員し、不条理な変更要求をどう「観測し、対処し、乗り越えるか」に踏み込んでいる。
　そして第3章。“再見積りの兆候”を幻想世界のサイン（鳴き声・風向き・通知の狂い）で表現したくだりは、現実における「定常外の予兆」観察に通じるし、コスト差異の数字も奇抜にならないよう抑えてあるのが好感だ。香り装置の機能制限・部品削減・自らの報酬カットという三段対応は、関係者の理解と共感を得るプロセスとしてリアルかつ誠実だ。
　最後の「今この時だけは、道理が通ったという事実を刻みたい」は秀逸だった。まさにこの一文で、この論文が“アリスの理不尽”をただ模倣するだけでなく、“現実のPMとしての矜持”を物語として刻み込んでいることが伝わった。
　──満点。それも技巧の押し売りではない。混沌を描きながら、PMとしての一貫性と説明責任、感情の巻き込み力を保ち抜いた。これは教材にすべき論文だな。講義の冒頭で使おうか。「PMが理不尽に飲み込まれないために何ができるか？」その答えが、アリスの中に詰まっている。