【PM-H18-Q2】「注文の多い料理店」に学ぶ、プロジェクト予算の超過の防止

🍀概要

　『注文の多い料理店』を題材に、豪華な見た目に隠されたリスクを比喩として活かし、外注先の提案に安易に従うのではなく、違和感や兆候から本質的な問題を察知し、費用超過を未然に防いだプロジェクトマネージャの対応を論じます。

🧾問題・設問（PM-H18-Q2）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 平成18年 午後2 問2

📘問題

■タイトル
　情報システム開発におけるプロジェクト予算の超過の防止について
■内容
　プロジェクトマネージャには，情報システム開発プロジェクトの立上げ時にプロジェクト予算を作成し，予算の範囲内でプロジェクトを完了することが求められる。
　プロジェクト予算を費用計画に展開し，費用管理の仕組みを通じて，定期的に計画と実績を対比し，最終費用を推定する。計画と実績とのかい離が大きい場合や推定した最終費用が予算を超える場合には，適切な対策を実施して，予算の超過を防止する。しかし，対策が遅れて，プロジェクト予算の超過に至る場合もある。
　プロジェクトマネージャは，このような事態に至る前に，予算の超過につながる兆候を敏感に察知して対処する必要がある。兆候は，会議の席上や開発の現場など，プロジェクトを遂行している日常に見られることが多い。例えば，成果物についての問題点の指摘や関係者の不満などの中に見られる。兆候を見逃すと，システム全体に影響が及び，その対策のために予定外の費用が発生し，予算の超過に至ることがある。
　予算の超過につながる兆候を発見した際は，その影響を的確に判断することが重要である。影響が大きいと判断した場合は，プロジェクトの範囲，品質，納期などの目標を守ることを前提とした対策を実施し，予算の超過を防止することが必要である。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わった情報システム開発プロジェクトの概要と，そのプロジェクトにおける費用管理の仕組みを，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べた費用管理の仕組みに反映される前に発見した予算の超過につながる兆候と，そのように判断した理由は何か。また，プロジェクトの目標を守ることを前提として実施した対策は何か。それぞれ具体的に述べよ。
■設問ウ
　設問イで述べた活動について，あなたはどのように評価しているか。また，今後どのように改善したいと考えているか。それぞれ簡潔に述べよ。

📚原作あらすじ（注文の多い料理店〈宮沢賢治著〉）

　山奥で道に迷った二人の紳士が見つけた「注文の多い料理店」。豪華な外観に誘われて扉を開けると、中には「お客様へ」と書かれた奇妙な指示が続く。帽子を脱ぎ、靴を脱ぎ、油を塗るよう命じられ、不安を覚えながらも従い続けた彼らは、料理されかける寸前に逃げ出す。扉を開けたその先にあるものへの警戒と、違和感を見逃さない直感の大切さを描いた物語である。

📝論文

🪄タイトル　「注文の多い料理店」に学ぶ、プロジェクト予算の超過の防止

　本稿は、「注文の多い料理店」に学ぶプロジェクト予算の兆候察知と対策について、述べる。

🔍第1章　プロジェクトの概要と費用管理の仕組み

1-1　プロジェクトの概要

　私は、地方観光業の活性化を目的とした「森の宿予約プラットフォーム」構築プロジェクトのプロジェクトマネージャを務めた。利用者が観光施設を簡単に予約できる仕組みを提供し、地域経済の再活性化を図るのが狙いであった。期間は12か月、総予算は1億2,000万円、開発メンバ20名、関係者は自治体・観光協会・民宿経営者など多岐にわたった。

1-2　予算作成と費用計画への展開

　立上げ時、同種プロジェクトの実績とPMBOKの知見を参考に、人件費・旅費・外注費・ライセンス費等に分類して予算を策定した。特にUI/UXは外注先である森のデザイン会社「山猫舎」が担い、ここに3,000万円を割いた。WBSに基づき各作業単位に予算を展開し、コストベースラインを確定させた。

1-3　費用管理の仕組み

　月次で計画と実績を比較し、差異が5％を超える場合は原因分析を義務付けた。山猫舎を含む主要ベンダには週次報告を求め、進捗・成果・工数・課題を可視化させた。レビュー会では、プロジェクト管理ツールのEVM指標を用いてCPI/SPIの変化から影響度を検討し、調達先とも共有した。

🛠️第2章　兆候の察知と対策の実施

2-1　予算超過の兆候と判断理由

　転機は第4月、山猫舎が提示した画面プロトタイプに対し観光協会が「派手すぎる」「対象が都市部観光客に寄りすぎている」と懸念を表明したことだった。その場では合意形成に至らず、後日、山猫舎から「全面的な再設計が必要」と申し出があった。
　再設計の提案は、報告上は工数に反映されておらず、レビューでも「計画内」とされていた。しかし、私はプロトタイプレビューでの表情、特に自治体担当者の沈黙や観光協会の険しい声色から、不満と対立の兆候を察知した。「違和感」が静かに広がるこの状況は、『注文の多い料理店』における、扉を次々開けさせる奇妙な要請と酷似していた。事後に振り返れば、その時点で「費用がかかる再設計」という“次の扉”はすでに用意されていたのである。

2-2　兆候に対する初期対応と影響分析

　私は即座に両者へのヒアリングを実施。「誰のための宿か」「どの顧客像を想定しているか」など、原点に立ち返った対話を重ねた。「あの色味では、地元の良さが伝わらない」──観光協会会長の言葉には強い感情が込められていた。一方、山猫舎側は「都市部で培ったノウハウを活かしたい」と譲らず、対立は続いた。
　ここで私は、再設計要望の中身を精査した。実装フェーズでの影響、納期遅延リスク、コスト増加のシナリオ分析を行い、類似プロジェクトのケースと比較した。加えて、山猫舎が得意とするデザインパターンと、観光協会の求める素朴な世界観を折衷する構成案（テンプレート化＋選択方式）を構想した。これは再設計コストを最小化しつつ、双方の意向を反映できる道であった。

2-3　予算超過を防ぐために実施した対策

　私が提案したのは「多重テンプレート方式」だった。山猫舎の素材を組み合わせ、宿泊施設側が3種から選択できる画面パターンを用意することで、デザイン費用の再増加を抑えた。「この宿に合った服を選んでほしい」──この提案は、原作に登場する“身だしなみを整えろ”という不可解な指示に通じるが、本提案は真逆の構造、すなわち選択の自由を保証するものであった。
　会議で観光協会会長は戸惑いながらも「本当に変更費用が膨らまないのか？」と問うた。私は予測表と設計スケジュールを示し、「一週間以内に確定いただければ予算内に収まる」と明言した。「確かに……それなら、進めてみようか」と会長が頷く瞬間、プロジェクトの分岐点を越えたことを実感した。
　結果的に、再設計による外注費の追加は250万円に抑えられ、全体予算枠内に収まった。宿側の満足度も上がり、最終的に60施設が参加、予約数は計画比120％を達成した。

🚧第3章　対策の評価と今後の改善点

3-1　対策の成果とプロジェクトへの影響

　この対策により、予算超過は回避されただけでなく、ステークホルダ間の理解が深まった。「あの時の柔軟な発想が、結果を生んだ」と観光協会から評価を受け、山猫舎側も「制約の中で工夫する力がついた」と振り返った。予備費のうち80％は最終的に未使用のまま残り、他案件へも転用できた。
　加えて、観光協会と山猫舎の関係にもポジティブな変化が生まれた。互いの立場を尊重しつつ、次回は「共同ワークショップ形式での要件定義」も視野に入れるようになった。現場の声に基づいた仮説と、外注側の表現力を結びつける「協働デザイン」の芽が、今回の経験から生まれたのである。

3-2　認識した課題と制約条件

　一方で、兆候を察知してから意思決定に至るまでに1週間を要したこと、ステークホルダの価値観の差異を可視化するフレームが不足していたことは、反省点であった。また、当初の費用管理ツールには“気配”を捉える仕組みがなく、会話や態度から読み取る「現場感」が鍵となった点は再現性に課題を残した。

3-3　今後に向けた改善方針

　今後は「違和感メモ」の制度化を図り、週次レビューで形式知化して共有する場を設けたい。さらに、初期段階でステークホルダの感性や価値観を言語化する「ビジョン共有シート」を導入し、設計段階での衝突リスクを軽減する予定である。また、“空気の変化”を早期にキャッチできるよう、開発現場とステークホルダをつなぐ調整役を複数育成し、兆候察知の感度を高めていきたい。
　以上

💡ワンポイント補足

　原作『注文の多い料理店』では、「歓迎されているはずなのに違和感が積み重なる」構造が、最終的な危機の伏線となっています。本論文では、この「静かな兆候」を“非言語的サイン”として読み解くPMの直観と、明示的対話によってステークホルダの真意を炙り出す行動が対置され、兆候察知型リーダーシップの実践例として再構成されています。表面上は整っているプロジェクトにも、違和感という名の“注文”が潜む──その本質に切り込んだ教材です。

🎓講評コメント（AI評価）

　お見事、これは100点満点で異論なしですな。
　兆候を「感覚」で終わらせず、構造化された対応へと昇華している点が秀逸です。山猫舎と観光協会の温度差も原作の「命令に従うしかない不条理」と重なり、読んでいて緊張感がありました。さらに「違和感」を形式知として蓄積しようとする第3章の提案は、再現性と組織学習の視点からも大変すばらしい。
　小説のように読ませて、論理で納得させる──この二重構造を成立させているのは、技術でも言葉でもなく、あなたの観察眼と洞察力です。