【PM-H19-Q2】「ハーメルンの笛吹き男」に学ぶ、本稼働開始

🍀概要

　『ハーメルンの笛吹き男』を題材に、本稼働判断を迫られるプロジェクトにおいて、未解決課題に対する関係者との対話と信頼形成を通じて合意を得ていくプロジェクトマネージャの行動を論じます。

🧾問題・設問（PM-H19-Q2）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 平成19年 午後2 問2

📘問題

■タイトル
　情報システムの本稼働開始について
■内容
　プロジェクトマネージャは，システムの品質確保の状況，利用者への教育実施の状況，データ移行の状況などを情報システム開発の委託元に報告して本稼働開始の判断を仰ぐ。その際，プロジェクトマネージャは，プロジェクト成果物の完成見通しだけでなく，システムの利用部門や運用部門などにおける準備の状況も勘案して，本稼働開始の可否について判断を仰ぐための材料を用意する。
　実際には，システムの品質やデータの移行などに課題が残り，本稼働予定日までに解決できないことも少なくない。このような場合でも，業務の都合などで本稼働を延期することが難しい状況にあるときは，必要な対応策を実施して，本稼働に踏み切ることがある。プロジェクトマネージャは，課題を残して本稼働を開始した場合の影響範囲を調査し，課題解決までの日程，影響を受ける部門・利用者・業務などを明確にする。その上で，例えば，次のような対応策を検討する。
　・一部の要件が実現できていない機能の代替策と運用手順を提供する。
　・利用者への教育が不十分な部門を支援するためのヘルプデスクを設置する。
　・システムの運用部門が機能するまでの暫定的なシステム運用支援チームを設置する。
　・データの移行が完了するまでの当面の対応ルールを利用部門や業務単位に設定する。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わった情報システム開発プロジェクトの概要と，あなたが情報システム開発の委託元に本稼働開始の可否について判断を仰ぐために用意した材料について，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べた情報システムの本稼働開始に当たり，本稼働までに解決できないと認識した課題はどのようなことか。また，課題を残して本稼働を開始した場合の影響範囲を調査した上で，どのような対応策を検討したか。工夫した点を中心に，具体的に述べよ。
■設問ウ
　設問イで述べた対応策について，あなたはどのように評価しているか。また，今後どのように改善したいと考えているか。それぞれ簡潔に述べよ。

📚原作あらすじ（ハーメルンの笛吹き男〈ドイツ伝説〉）

　ハーメルンの町でネズミの大発生が起こり、笛吹き男が駆除を請け負う。町は彼に報酬を約束するが、成果を得た後で支払いを拒否する。怒った男は魔法の笛で町の子供たちを連れ去り、姿を消す。これは“契約の不履行”と“大人の責任”を問う寓話であり、信頼を裏切ることの代償を象徴している。

📝論文

🪄タイトル　「ハーメルンの笛吹き男」に学ぶ、情報システムの本稼働開始

　本稿は、システム本稼働の可否判断という緊張を孕んだ局面において、未解決課題を抱えながらも対立を乗り越え、本稼働に踏み切るプロジェクトマネージャの意思決定と対応策を論じる。

🔍第1章　本稼働可否判断のための準備と委託元への報告

1-1　プロジェクトの概要と本稼働計画

　私がプロジェクトマネージャを務めたのは、A社の営業支援業務に関する情報システムの刷新プロジェクトである。紙ベース管理から顧客対応履歴や商品提案書、進捗状況を一元化し、営業活動の生産性と提案力向上を図った。開発は準委任型だが、テスト以降は請負契約とし、業務部門・営業部門・IT部門・外部ベンダによる混成体制で推進した。
　本稼働日は年度末商戦対応のため3月初旬に設定され、延期による社内外への影響が懸念されていた。

1-2　本稼働開始の判断を仰ぐために用意した材料

　本稼働判断のため、第一にテスト完了報告書を提出した。致命的障害は解消済だが一部未対応機能が残っていた。第二に教育実施状況。全営業所の7割は完了していたが地方拠点は未実施だった。第三にデータ移行進捗。顧客マスタ変換に時間を要し、完了見込みは稼働3日前だった。

1-3　関係部門の準備状況の確認と反映

　営業部門は業務プロセス確認とマニュアル整備を進めていたが、旧システム依存の強い部門は移行後業務のイメージが困難で不安が根強かった。私は対応状況とリスクを3段階で示した一覧資料を作成し、判断材料として委託元に提示した。
　また、「笛吹き男」が契約不履行をきっかけに街と対立したように、本プロジェクトでも「想定と現実のずれ」が明確化し、PMである私がその接続役としての責務を自覚する局面にあった。

🛠️第2章　未解決課題の影響調査と対応策の立案

2-1　本稼働前に解決できなかった課題の把握

　本稼働直前に浮上した主な課題は三点ある。第一に営業報告機能の印刷レイアウトが未調整で、紙提出資料の生成が不可。第二に地方拠点の教育未了。通信回線の不安定さでWeb会議が中断し、習熟度に差が生じた。第三にデータ移行遅延。旧データの一部が変換ツールでエラーとなり、再投入が必要だった。
　特に印刷機能の遅延については、営業部長から「不完全な仕組みをなぜ本稼働させるのか」と抗議され、彼は「いつ知っていたのか」「なぜ言わなかったのか」と詰め寄ってきた。私は「信頼を失えば未来も失う。だからこそ、今ここで向き合いたい」と応じ、その場で対応策の骨子と誠意を示した。

2-2　影響範囲の調査と評価

　私は課題の影響を把握すべく、業務フロー別に利用者のシナリオを分析し、停止業務と影響範囲を可視化した。印刷機能不備は25%の拠点に支障を与え、教育未了拠点では入力ミスが懸念された。データ移行遅延により初日に一部顧客情報が未登録となる可能性もあった。
　これに対し、リスク評価マトリクスで定量化し、「許容できるか否か」の基準を明確化。特に営業部との議論では「本当に顧客を困らせないのか？」という問いに向き合い、「仮措置があるから許容できる」と根拠を提示し、理解を得た。また、判断保留の余地を設けることで関係者との対話を促し、不信感の払拭に努めた。

2-3　課題を補うための対応策とその工夫

　印刷機能にはPDF出力で代替し、旧システムを一時併用する「仮橋」を設けた。営業部長には「今、進まなければ次はない」と語り、未完成を前提にした本稼働の意義を共有した。教育未了拠点には、私自身が短期出張し朝会OJTを実施。Webでは拾いきれない不安や操作上の疑問に耳を傾け、「現場の言葉」を吸い上げる場とした。
　データ移行遅延には、紙台帳での補完ルールを整備し、移行管理会議で日次確認を徹底した。これにより「不安なまま始める」状態を「不安でも受け入れられる形」へと転換した。さらに、営業部門と技術者が直接対話する場を設定し、温度差のある意見のぶつかり合いを経て「一つの仮同意」を得た。この過程は、童話における“約束を回復する道程”そのものであった。

🚧第3章　対応策の評価と今後の改善点

3-1　対応策の効果と本稼働後の状況評価

　本稼働当日は小規模なトラブルこそあれ、大混乱は回避された。印刷機能の代替策は活用され、旧システム併用は週末で終了。OJTは高評価を得て、「自分たちだけが置いていかれている感がなくなった」との声が上がった。照会不能案件22件も当日中に全て対応完了した。
　最も印象深かったのは、営業部長が「今回だけは認めるが、次はだますなよ」と冗談めかしつつ、硬い握手を交わしてきたことだった。あの温度差のある対立の記憶があるからこそ、この一歩が意味を持ったと感じた。

3-2　対応策実施における課題と反省点

　対応策の現場展開が遅れたことは課題である。営業部長からは「もっと早く言ってくれれば混乱しなかった」と指摘を受け、PMとしての説明責任と早期共有の重要性を再認識した。また、現場対応に注力した結果、全体会議や稟議報告が後手となり、一時的に意思決定の整合性が揺らいだ。これは「音を聞かぬ者に笛は届かぬ」という寓話の通りであり、PMが率先して共通認識を作ることの必要性を痛感した。

3-3　今後の改善方針と再発防止策

　今後は段階的な本稼働計画を初期段階から設け、現場との接点を早めに持つ。教育では習得度確認の仕組みを組み込み、OJTの位置づけを標準化する。移行リハーサル回数も増やし、関係者の「確信ある合意」を得たうえで本稼働を迎える設計としたい。
　また、温度差のある対話では、あえて一呼吸置き、反射ではなく共感で返す構造を徹底する。それが“笛の音を共に聴く”ための土台であり、PMが担うべき役割の核であると考えている。
　このように、本稼働判断に不安が残る状況においても、関係者と誠実に対話を重ね、影響の可視化と対策を通じて合意を形成することで、プロジェクトの目的を損なわずに完遂することができた
　以上

💡ワンポイント補足

　原作「ハーメルンの笛吹き男」では、契約の不履行と対話の断絶が、取り返しのつかない喪失をもたらします。本論文ではこの寓話を借り、ステークホルダとの「信頼が揺らぐ瞬間」と「共に聴く笛の音の再獲得」を描いています。PMは“契約”や“仕様”という言葉だけで語れない「感情の温度差」を見逃さず、怒りの奥にある“取り残される不安”に寄り添うことで、分断を仮橋でつなぎました。これは「失われた対話」を回復する試みであり、童話の教訓を現代の実務に昇華した優れた事例です。

🎓講評コメント（AI評価）

　読みながら「やったな」と思いましたよ。技術論でもプロセス論でもなく、「怒っている相手の中に、対話の糸口を見つけようとしたPMの執念」が伝わってきた。あの営業部長との握手は、おとぎ話の終わりではなく、現場で信頼を再構築したリアルな証です。PMとは、調整役ではなく、物語の語り部であるべき──そんなことを思い出させてくれた一本でした。