【PM-H23-Q1】「こぶとりじいさん」に学ぶ、コスト・マネジメント

🍀概要

　『こぶとりじいさん』を題材に、見積り精度の差異と変動要素への備えを通じて、コスト・マネジメントにおけるプロジェクトマネージャの対応力と信頼構築の工夫を論じます。

🧾問題・設問（PM-H23-Q1）

　出典：情報処理推進機構 プロジェクトマネージャ試験 平成23年 午後2 問1

📘問題

■タイトル
　システム開発プロジェクトにおけるコストのマネジメントについて
■内容
　プロジェクトマネージャ(PM)には，プロジェクトの予算を作成し，これを守ることが求められる。そのためには，予算の基となるコスト見積りの精度を高めるとともに，予算に沿ってプロジェクトを遂行することが必要となる。
　プロジェクトのコストは開発要員にかかわるコスト，開発環境にかかわるコストなど多くの要素から構成される。PMは，コストの各構成要素についてコスト見積りを行い，予算を作成する。その場合，例えば，開発要員にかかわるコストについては，過去の類似プロジェクトから類推したり，生産性の基準値をプロジェクトの特徴を踏まえて修正して利用したりするなど，コスト見積りの精度を高めるための工夫を行う。また，収集できるコスト情報の精度が低い場合には予算に幅をもたせたり，リスク管理の観点から予備費を設定したりするなどの考慮も重要である。
　一方，プロジェクトの遂行中において，PMは，完了時のコストが予算の範囲に収まるように管理する必要がある。そのためには，各アクティビティの完了に要した実コストと予算を比較するなど，コスト差異を把握するための仕組みを確立することが重要である。差異を把握した場合には，その原因と影響度合いを分析し，プロジェクトの完了時のコストを予測する。予算超過が予想されるときには，例えば，生産性の改善策を実施し，状況によっては，委託者や利用部門とプロジェクトのスコープの調整を行うなどの対策をとることも検討し，予算超過を防がなくてはならない。
　あなたの経験と考えに基づいて，設問ア～ウに従って論述せよ。

📗設問

■設問ア
　あなたが携わったシステム開発プロジェクトの特徴，及びプロジェクトにおけるコストの構成とその特徴について，800字以内で述べよ。
■設問イ
　設問アで述べたプロジェクトにおけるコスト見積りの方法とコスト見積りの精度を高めるための工夫，及び予算の作成に当たって特に考慮したことについて，800字以上1,600字以内で具体的に述べよ。
■設問ウ
　設問アで述べたプロジェクトの遂行中におけるコスト差異を把握するための仕組み，及び差異を把握した場合にとったプロジェクトの予算超過を防ぐための対策について，600字以上1,200字以内で具体的に述べよ。

📚原作あらすじ（こぶとりじいさん〈日本昔話〉）

　『こぶとりじいさん』は、こぶを持つ善良なじいさんが鬼の宴に迷い込み、その踊りを気に入られてこぶを取ってもらう話。一方、それを真似た強欲なじいさんは同じように宴に参加するが、無理な振る舞いで鬼の怒りを買い、こぶをもう一つ付けられて帰るという、行動の違いとその結果を描いた教訓的な昔話である。

📝論文

🪄タイトル　「こぶとりじいさん」に学ぶ、コスト・マネジメント

　本稿は、コスト見積りと予算管理の精度を高めるために実施した工夫と、その過程で生じた差異に対する対応について、童話『こぶとりじいさん』の構造を活かして述べる。

🔍第1章　プロジェクトの特徴とコスト構成の把握

1-1　プロジェクトの概要と目的

　私は、森の加工職人組合にて、妖精の宴に供する飾り灯籠の制作を担当する仕組み作りを任されていた。このプロジェクトは季節行事の中心的存在であり、限られた予算と厳格な納期の中で、多様な素材と工程を調整しながら完成品を納める必要があった。体制は、私を含む現場側の3名と、組合長直属の調整役が1名、さらに外部の木工師2名という構成で、期間は3ヶ月であった。

1-2　プロジェクトにおける主なコスト構成要素

　この灯籠制作における主なコスト構成は以下の通りであった。第一に、木材の加工費（木工師の工賃）。第二に、光源として使う妖精火の保管・調整にかかる費用。第三に、納品時の搬送と配置に関わる臨時要員の手配コスト。そして第四に、宴の主催側（鬼たち）から頻繁に変更が出るため、調整コストとしての予備費が含まれていた。

1-3　コスト構成の特徴とマネジメント上の注意点

　特に難易度が高かったのは、木工師の工数見積りである。一人は熟練で予定通りの精度で進められたが、もう一人（後から参加した者）は同じ工程で大きく時間がかかることが発覚した。これは、表面上の経験年数では見抜けない作業特性による差であった。私はこの事態を通じて、「見かけ上の類似性」に基づいたコスト見積りがいかに危ういかを痛感した。

🛠️第2章　コスト見積りと予算策定における工夫

2-1　コスト見積りの方法と使用した情報源

　当初、私は前年の灯籠プロジェクトの実績を基に、類推法で見積りを行った。特に木工工程については、前回の熟練者のデータをもとに日数・作業単価を設定した。補助的に使用したのは、妖精火の過去消費量、運搬距離に基づく燃料換算表、および納品レイアウトの想定図面である。

2-2　見積精度を高めるための工夫

　ただし、「今年は予備日が少なく、宴の予算も縮小傾向である」と組合長から釘を刺されていた私は、もう一段階の見積り精度向上が必要と考えた。そこで私は、初期試作を一工程だけ先行して実施することで、二名の木工師の作業効率を比較・補正した。この差分データを基に、予定以上の作業日数を前提とした再見積りを行い、調整予備費を10%増額した。
　また、「妖精火」についても、保存条件が年々厳しくなっていたことを踏まえ、温度制御費を昨年比で15%上乗せした。これにより、宴本番直前での緊急対応を回避できる見込みが立った。
　さらに、組合内で共有されていた過去の見積書群を棚卸し、近似事例との突合せを行ったことで、工程単位の精度にもバラつきがあることが判明した。私はこれを受け、工程ごとの信頼度を5段階で整理し、低信頼な工程には余裕率を上乗せするルールを採用した。これは“数字を鵜呑みにしない”という観点から、メンバにも共有した。なぜならば、最終的に責任を持つのは見積ではなく実行だからである。

2-3　予算作成時に特に考慮したこと

　一番注意したのは、「見積り不能な項目」の扱いである。宴の主催者である鬼たちは気分屋で、直前の装飾変更が毎年恒例であった。私はこれを“変動要素”と定義し、見積書とは別に「変更対応枠」を設け、その内容を鬼側に事前提示した。「その都度見積もるより、範囲を提示しておく方が双方にとって効率的です」と説明すると、鬼の一人が笑って言った。
　「やっぱり、そっちのじいさんの方が話が早いな」
　私はうなずいた。「一度揉めると、おたがいこぶが増えますからね」
　こうしたやり取りを通じて、納品範囲のブレを抑える一助とした。

🚧第3章　コストの差異管理と予算超過対策

3-1　コスト差異を把握するための仕組み

　制作開始後は週次での進捗確認と、実績工数・支出報告の提出を義務付けた。木工師からは日次で作業時間を記録してもらい、差異が2日以上累積した場合は、私に直接相談を入れるルールとした。妖精火の管理については、保管庫の温度・湿度のログを可視化し、基準を外れた場合に即通知が届くようにした。これらは小規模な仕組みではあるが、コストの“変化兆候”を早期に把握する手段として有効だった。
　また、私自身が毎週月曜に「振り返りの短冊」を記録するようにした。これは前週の差異要因とその対処方針を簡潔に言語化するもので、進行中の“気づき”を形式知として残すための取り組みである。この積み重ねが、差異の予兆検知や、類似事象への即応に大きく寄与した。

3-2　差異発生時の分析と対応

　実際、2週間目には後発の木工師の工程が大きく遅延した。「手順書はあるが、道具の扱いに慣れておらず、精度が出せない」との申告だった。私はすぐに作業を2工程に分解し、熟練者と分担させる再構成案を提示した。
　「このまま無理にやると、かえって材料を無駄にしそうです」
　「……わかりました。頼ります」
　彼の口調は悔しさを含んでいたが、私はその感情を肯定した。「誰でも、初めはこぶができるもんです」
　こうして、進行と品質のバランスを崩すことなく、全体工程を2日短縮して調整を完了させた。

3-3　予算超過を防ぐための工夫と評価

　結果として、灯籠制作の総コストは当初予算の95%に収まり、納期2日前に全ての納品を完了できた。特に予備費の柔軟な使い方が奏功し、宴前夜の装飾変更にも無償範囲内で対応できた。「あのじいさん、やっぱり持ってるな」と鬼たちに笑われたが、私は静かに胸をなでおろした。
　後日、組合にてこのプロジェクトの教訓を記録する場が設けられた。私は、二人の木工師の差異、試作から得た精度補正、そして鬼との境界交渉の方法をまとめ、「次の灯籠作りのじいさん」に引き継ぐことにした。
　また、今回の経験を通じて、“見積り精度”という言葉に対する意識も変わった。単なる数値の正確さではなく、「不確実性を見越した備えの厚み」が本質であると、私は確信するに至った。これは次の世代に継ぐべき“こぶの形”の一つだと感じている。
　このように、変動要素が多く、見積もりに不確実性の高い状況においても、段階的な補正と関係者との柔軟な対話により、予算超過のない安定した成果を実現できた。
　以上

💡ワンポイント補足

　本論文では、『こぶとりじいさん』の「慎重で自然な対応が成果を生み、模倣や浅慮が失敗を招く」という構造を、コスト見積りと予算管理に落とし込んでいる。
　熟練の木工師（善良なじいさん）と後発の木工師（模倣者）は、見積精度や工程遂行力に大きな差があり、PMである私はそれを事前試作とデータ補正により見抜き、差異が広がる前に予備費設計で調整した。
　ここでの“こぶ”は、不確実性の中で軽視されがちな「見積ミス」「責任転嫁の種」「準備不足の代償」の象徴であり、本論文ではそれを事前の工夫と対話で“外す”か、あるいは安易な模倣によって“増やす”かの分岐として描いている。
　PMとしてのこぶ取りとは、精度や準備の差異を他責でなく構造で理解し、次の世代に教訓という“形のないこぶ”として引き継ぐことに他ならない。

🎓講評コメント（AI評価）

　本論文は、“昔話を借りた教訓”ではなく、“PMの実務に宿る昔話の本質”を描いている。表面的な行動模倣では成果が得られず、深く相手の事情と構造に入り込むことが真の「こぶ取り」である──そのメッセージが、読者の胸に自然と届く。
　形式知と感情のどちらも置き去りにしない、童話論文の理想型の一つ。